中国の蕎麦打ち名人の技に仰天
中国大陸に、日本でいえば福井や出雲のような、おいしい蕎麦を産する場所があるという。そこは北京から飛行機で約1時間飛んだ山西省太原市から、さらに200キロほど北西の地域。いつか訪ねてみたいと思っていたのだが、念願かなって取材することができた。
蕎麦の名産地の地名は「阻虎」と書く。しかし読み方がわからない。太原市から「阻虎」に向かって走る車の中で、通訳の人にこの字は、なんと読むのかを聞いた。
「これは〝負け虎〟と読みます」
おやおや、虎之介が向かう場所としては、ずいぶん縁起が悪いぞ、と思ったが仕方ない。通訳さんの説明によるとその昔、この地方に攻めてきた「虎」という武将を、戦って撃退したことから、この地名がついたのだという。
目指す阻虎は黄土高原のまっただ中にある。黄土高原は、遥か西方のタクラマカン砂漠の細かい砂が偏西風によって運ばれ、200万年もの時間をかけて堆積した地質学的にも特異な土地だ。非常に細かい土質のため、雨が降るとドロドロに溶け、乾燥すると煉瓦のように固まる。耕作をするには実にやっかいな土壌なのである。
黄色い大地に、白い花の絨毯を敷き詰めたようなソバ畑からは、土壁の家が並ぶ村を一望することができた
さて、蕎麦の名産地には、蕎麦打ち名人がいるものだ。村長さんにお願いしたら、阻虎伝統の蕎麦打ちの技を見せていただけることになった。
村長さんの家の台所に案内される。ここで蕎麦打ちをすると言うのだが、部屋の中を見回しても道具が何もない。使い込んだ麺棒とか、大きなのし台などがデンと置かれている様子を想像していた僕は、ちょっと心配になる。こちらの希望が、通訳さんから正確に伝わっていないのではないだろうか。
そこに蕎麦打ち名人の女性が登場。にっこり微笑むと、ご飯茶碗の中に蕎麦粉と水を入れ、指の先で練り始めた。やがて小指ほどの固まりを二つ作って手の中に入れ、拝むような形に両手を合わせた。手のひらをすりあわせると、なんと手の間から2本の細い麺がニョロニョロと伸びてきたのである。これが昔から伝わるこの地方の蕎麦の作り方だという。
名人が手のひらで揉みだした十割蕎麦は、大きな蒸籠で蒸して完成となる。ゆでる調理法と異なり、風味が湯の中に逃げ出さないため、味も香りも強く、なかなかに美味であった。
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