八代目三笑亭可楽の寂しさ、サゲのあとの余韻に私の心が震えた
八代目三笑亭可楽の録音を初めて聴いたとき、どこがいいのかサッパリわかりませんでした。ぼそぼそと喋ってるだけで、爆笑する場面などなく、サゲもまったく盛り上がらず、すぅ~ッと消え入るように噺が終わってしまう。なんだろう、コレは…。アタマの中は疑問符の「?」でいっぱいになりました。
八代目三笑亭可楽の録音を初めて聴いたとき、どこがいいのかサッパリわかりませんでした。ぼそぼそと喋ってるだけで、爆笑する場面などなく、サゲもまったく盛り上がらず、すぅ~ッと消え入るように噺が終わってしまう。なんだろう、コレは…。アタマの中は疑問符の「?」でいっぱいになりました。
本シリーズの重要なスタッフのひとり、松本尚久氏にその疑問をぶつけたところ、「可楽はその寂しさ、サゲのあとの余韻がいいんですよ」という答えが返って来ました。それを念頭に聴き直したら――なるほど!と納得できました。なかでもいちばん得心がいった噺が『反魂香』。長屋住まいの浪人が、反魂香なる妙薬を焚いて、今は亡き恋人、花魁(おいらん)の高尾太夫の霊を呼び出す。隣りに住む八五郎がそれを見て、真似をして、自分の女房の霊を呼び出そうとする。
つまり八五郎は、女房に先立たれた寡夫(やもめ)なんです。可楽の、ぼそぼそとした、寂しい口調が、寡夫の八五郎の心境を、じつに巧く表現している。主人公の八五郎は、買う薬を間違えた(「反魂丹」という胃薬を買ってしまった)とも気付かず、それを大量に火にくべて、もうもうとわく煙にむせながらも亡き女房との再会を夢想し、ひとり盛り上がっている。そこへ同じ長屋のおかみさんが来て、「さっきからきな臭いけど、お前さんのところじゃないかい」。
これでプツンと、ちぎれるように噺は終わります。その直後、聴く者の心に、寡夫暮らしの寂しさが、どっとなだれ込んで来る。可楽の『反魂香』は何度も繰り返し聴いていますが、噺が終わるたびに、私の心はぶるぶるッと震えてしまいます。落語で、こんなにも寂しさを表現した噺家は、私が聴いた限りでは(たいして聴いてませんが)、他にいません。
隣に住む浪人が呼び出す花魁「高尾太夫」は、伊達藩主に懸想された絶世の美女です。それに比べれば、典型的な長屋の住人である八五郎の女房は、決して美人ではなかったでしょう。それでも八五郎にしてみれば、かけがえのない、愛おしい女房。それをしっかり表現できているからこそ、サゲのあと、云いようのない寂しさが聴き手を襲うのでしょう。
これはあとから知ったことですが、可楽の2人めの奥さんは娘さんを遺して病死、3人目の奥さんも間もなく寝たきりになったそうです。
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■『落語 昭和の名人 決定版』編集長 小坂眞吾
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