東急電車、奥の細道~十和田観光電鉄編
今年の冬には、東北新幹線が青森まで伸びる。昭和57年に大宮~盛岡間でスタートした東北新幹線も、29年目にしてようやく青森まで到達するのである。思えばずいぶん時間がかかったものだ。
さて、そんな新幹線青森延伸とはまったく関係なく、青森県内の私鉄を走る電車見物の旅に出かけた。細かいようだが、「列車」ではなく「電車」である。じつは東北6県の私鉄で電車を走らせているのは、福島県の福島交通と第三セクター鉄道の阿武隈急行(一部宮城県、しかも架線電圧2万ボルト!)のほかは、青森県内の十和田観光電鉄と弘南鉄道しかない。「電車」は、東北地方では珍しい存在なのである。
今回、同行するのは神奈川・日吉生まれで、東急東横線の電車の音を子守唄がわりに育ったという、オーハラ氏。「全国に散った東急電車を見届けないうちには、成仏できぬ」という、根っからの東急好きである。
まず訪ねたのは三沢だ。そう、あの米軍と自衛隊で名高い、基地の町である。じつは、あまり知られていないがこの町は、「どこを掘っても温泉が出る」というほどの温泉地帯。訪れた冬の早朝には、あっちこっちの辻から湯気が立ちのぼっていた。
「三沢から出ている十和田観光電鉄には、元東急の7700系電車が走ってるんですよ!」と、オーハラ氏は早くも興奮気味だ。そんな彼と、十和田観光電鉄・三沢駅の『スペシャルそば』370円を食べながら電車を待つことにした。東欧の国の軍事施設を思わせる十鉄(とうてつ。地元では十和田観光電鉄のことを、親しみを込めてこう呼ぶ)のモルタル塗りの駅舎のなかで食うソバは、意外にも薄味のツユで、カラダがほどよく暖まる。
ところで、この十鉄・三沢駅は、JRの三沢駅と隣接してはいるものの、ホームはJRとは微妙に離れている。そのためか、双方の駅をつなぐ連絡通路の上に「ま、駅でも建てちゃいましょうか」みたいな感じで建っている、異形の駅舎である。
やがて、遠くから肩を揺らしながら銀色の電車がやってきた。朝日がステンレスに反射してまぶしい。「いいな~、7700(系)にこんなところで会えるなんて!」と、オーハラ氏は朝からじつにテンションが高い。ちなみにこの元東急7700系は、それ以前の7000系を冷房化した電車で、昭和62年に登場。現在でも池上線や多摩川線などで元気に走っている。
「7700は、東横線と日比谷線の相互乗り入れが始まったときに登場した電車なんですよ。当時は子供心に、『格好いいなー』と憧れたものです」と、オーハラ氏。さらに「これ!これ!この不器用な溶接の跡がいいんですよ!やっぱりいいよな~これ」と、車両にかぶりつきになる。十鉄の三沢駅は、電車が脇の道路ぎりぎりに停まるので、一般道からでも車庫にいるような目線で電車を見ることができるのだ。よく見てみると、車両の側面に東急電車特有の洗濯板のようなコルゲート板が溶接されているのがわかる。戦前のドイツの名旅客機・ユンカースを彷彿させる。
「あれ? でも、なんか妙な台車履いてるな?」オーハラ氏は髭についたソバの切れ端をふるわせながら、そんなどうでもいい、もとい、細かい点を鋭く見抜く。おそらく、嫁に出した娘の苦労ぶりを思う心境なのだろう。
十電の沿線をレンタカーで走ってみることにした(電車に乗らなくて、すみません)。
元東急7700系電車は、三沢駅を出ると敷地22万坪という一大温泉レジャー施設、『小牧温泉』の敷地内を堂々と横断していく。ここはかつて、飛ぶ鳥を落とす勢いの巨大温泉旅館エリアだったと聞く。さすがに、不景気のせいか閉鎖している施設もあるが、いまでも丘陵地に立派な建物が林立し、元7700系はそのすぐ脇を通過していく。
「温泉場のど真ん中を、元東急の花形電車が爆走していくんですよ。こんな素晴らしい場所は、日本中どこを探したってないですよ!」
オーハラ氏の絶賛ぶりは、ますますボルテージが上がる。
そして、三沢から三つ目の七百(しちひゃく)駅で、オーハラ氏が絶叫した。
「うわっ、3600だ!」
「3600」とは、戦前生まれの東急デハ3500形をご先祖様にもつ、古典的な電車3600系のことである。
「しかも、東急カラーの緑色じゃあないか!」
七百駅の車庫に、その「3600」が十鉄オリジナル車両の3400形と電気機関車ED402に挟まれて、のんびりとたたずんでいたのである。
この緑色の電車には、私も目蒲線など乗った記憶がおぼろげにある。目の前の「3600」は、これまで幾度となく施されてきたであろう塗装も分厚く、台車も古色蒼然としている。だが、要所は手入れをされ注油されているのであろう、「いつでも走って見せますよ」という現役ならではのエネルギーが、全身に漲っている。あとで調べてみると、この「3600」は平成2年に東急から移籍したもので、製造はなんと昭和17年。つまり、今年で68歳。しかも十鉄ではこの「3600」を、鉄道ファンのために1時間1万円で走らせてくれるというではないか(4~11月のみ)。
沿線にとりたてて有名な観光地もなく、青森新幹線と接続もせず、終着駅はなんと郊外スーパーの建物の中。なんとも地味な十鉄だが、ここは東急電車の楽園だったのである。
現在、十鉄に在籍する車両は、7700系が3編成6両、7200系が1編成2両、そしていったん引退したものの、動態保存中の3600形が1両(以上、元東急)。それにオリジナル車の3400形が1両となっている。
「いやあ、今日は東急電車との邂逅を楽しみました。ではそろそろ、次の弘南鉄道に向かいましょうか」と、上機嫌のオーハラ氏。
次にわれわれを待っていたのは……。
(つづく)
■杉崎行恭(すぎざき・ゆきやす) 西に廃線になりそうな鉄道があれば、行って乗客数を増やす助けになり、東にオンボロのプロペラ機があれば、行ってこわがらなくてもいいとみんなに言う、あらゆる乗り物を愛するフォトライター。『日本の鉄道車窓100選』(新潮新書。共著)など著書多数。ウェブサイト「http://sugizaki.oline.jp/」も適宜更新中
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