【連載】蕎麦を待つ間に 第12回:小腹が空くのは午後3時
「蕎麦は小腹が空いたときに、さっと手繰るもの」と、昔から言われるが、小腹が空くのは、おおむね午後3時過ぎ。しかし蕎麦屋はその時間、中休みに入る店が多い。これでは小腹が空いても、蕎麦を手繰ることができないではないか。さあ弱った。
「江戸っ子は、すしと蕎麦で、腹をはらしちゃいけないよ」が口癖だったという、東京・浅草『並木薮蕎麦』の初代、堀田勝三さんは、著書『うどんのぬき湯』に、次のように書いている。多くの蕎麦屋は、午後2時から4時までの2時間、特に夏場は午睡をするが、こういうつらい時間帯こそ、店主が陣頭に立って仕事をすべきだ。自分は夏の午後でも午睡はしないと決めている。これが堀田さんの持論だった。
堀田さんが、この文を書いたのは大正5年のこと。僕は現代の蕎麦店に、中休みをやめてほしいなどと注文をつけるつもりはない。朝、開店前に蕎麦を打ったり、つゆの仕込みをしたりと、蕎麦屋さんは、なかなかきつい仕事だということは承知しているつもりだ。
堀田勝三さんが創業した『並木薮蕎麦』の「ざるそば」を見ると、一枚食べてお腹がいっぱいになる量ではない。「蕎麦で腹をはらす」ためには、2、3度は、おかわりする必要がある。「薮蕎麦」という暖簾は、かつて大衆食であった蕎麦を、高級な趣味食として売り出して成功した店だ。『並木薮蕎麦』の蕎麦もやはり、いかにも江戸っ子が好みそうな蕎麦だといえる。おいしいことに加えて、量が少ないことも、粋であるためには重要なのだ。
幸いなことに同店には、初代の堀田勝三さんからの伝統なのか、中休みというものがない。午前11時から、夜の7時半まで、いつでも蕎麦を食べることができる。だから浅草にいて小腹が空いたときは、『並木薮蕎麦』定休日の木曜以外は安心なのだが、こういう店がない土地では、蕎麦好きは、はたと困り果てることになる。
「仕度中」と書かれた板の下がった扉の前に立ち、ぐう、と嘆く小腹の虫をなだめる。虫はすっかり蕎麦を食べる気になっていて、もはやラーメンや、うどんでは、納得してくれそうもない。なにがなんでも醤油ベースの辛汁で、冷たい蕎麦を手繰るのだと訴える。こちらも、その案に異存はないのだが、泣く子と中休みには勝てない。肩を落として蕎麦屋を後にすることになる。このときの、まるで世界の終わりを見てしまったような絶望感は、蕎麦好きでなければ、到底、わかってもらえるはずもない。
耐えて待つこと2時間。午後5時になって、蕎麦屋にようやく暖簾がかけられる。
小腹の虫も泣き疲れた空きっ腹をかかえながら、何事もなかったかのような顔で、その暖簾をくぐる。
まずは酒を一本と、もり蕎麦を1枚注文。いくら空腹でも、蕎麦好きたるもの、見苦しくガツガツしてはいけない。
きれいに最後の一本まで箸でつまんで、もりを食べ終わったら、さりげなく品書きを手にとり、種物を追加注文する。今の時期ならさしずめ、「花まき」といったところか。「玉子とじ」も悪くない。
盃を傾けつつ蕎麦を待ち、運ばれてきた「花まき」の蓋をとる。立ち上る海苔の香りに目を細め、甘汁とともに蕎麦をすする。至福のひとときである。温かい蕎麦がのどもとを過ぎると、午後3時の絶望感は嘘のように消え去り、心と体に充足感が広がっていく。
「江戸っ子は、すしと蕎麦で、腹をはらしちゃいけないよ」と言った堀田勝三さん、ごめんなさい。僕は信州生まれで、江戸っ子じゃないんですと、心の中で言い訳しながら表に出る。夜風の中に、店に入るときにはわからなかった甘い春の香りが、漂っているような気がする。蕎麦屋を通過したあとの、世界の変貌ぶりには、いつも驚かされる。
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