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2010年2月26日 はてなブックマーク - 【連載】蕎麦を待つ間に 第14回:蕎麦切り寺の「絶対秘仏」このエントリーを含むはてなブックマーク Twitterにつぶやく

【連載】蕎麦を待つ間に 第14回:蕎麦切り寺の「絶対秘仏」

Sekiyama8567_2  連載第七回の「正月蕎麦の伝統」でちょっと触れた、新潟県妙高山麓の幻の蕎麦切り寺「宝蔵院」の本尊は、絶対秘仏であり、長い間、一般の人々の目に触れることはなかった。それが今回、特別の計らいで、片山が写真を撮らせていただくことになった。この撮影が終わった後は、再び秘仏として封印され、二度と撮影を許可することはないということだ。

 妙高市に残る記録によると、この仏像は昭和36年に文化庁の依頼で、関係者が調査したことがあった。人の目に触れないよう、厳重に釘を打たれた古い木箱を前にして、誰もがそれを開けることをためらった。そのため当時の国立文化財研究所所長であった田中一松氏が箱を開いた。中の仏像を一目見て、即座に「新羅(しらぎ)仏」であると鑑定したという。 
 新羅仏とは、朝鮮半島の新羅から渡来した仏像のこと。その後、鉛の同位対比の分析を含む綿密な調査が行われ、この仏像は飛鳥時代、六世紀ごろに、朝鮮半島の百済から渡来し、大和、信濃を経て、この地にもたらされた可能性が高いことが明らかにされた。日本で仏像が鋳造され始めたのは六世紀末からだが、それより古い時代に渡来したとされる、歴史的にも貴重な仏像である。
 この百済仏を本尊と祀る宝蔵院の寺領に、蕎麦の食文化が花開いた。蕎麦は、この百済仏の信仰を下支えする重要な役割を担ったのだ。

 百済仏が渡来した飛鳥時代、都は現在の奈良県高市郡明日香村付近にあった。なぜ、そのように貴重な仏像が、都から遠く離れた妙高山麓に祀られたのだろうか。
 当時、妙高山麓付近は、本州東部以北に居住していた北方の人々、蝦夷と対峙する最前線となる地域だった。奈良から見れば、まさに辺境の地。これより北は朝廷の威光の及ばない土地となる。そこで朝廷は、仏教を通して、蝦夷の人々を懐柔、支配するために、この地に貴重な仏像を安置したのではないかと推測されている。
 蕎麦がいつ頃からわが国で栽培され始めたのか、まだ定説はない。しかし、妙高山にほど近い野尻湖の湖底からは、約1500年前のソバの花粉が大量に発見されている。百済仏が都からもたらされた時代、この地でソバはすでに栽培されていたと考えられている。

 宝蔵院の日々の出来事を仔細に綴った、これも極めて貴重な記録「宝蔵院日記」と呼ばれる古文書がある。正徳2年(1712)から慶応4年(1868)まで150年以上にわたり、寺で執り行われた宗教行事を始めとして、政治、経済、民族、交通、気象、災害、食文化などを詳細に記録したものだ。この時代の、これだけ長期間にわたる綿密な記録は極めて珍しく、歴史的資料としても重要な文書だ。
 現在、この日記の解読が進められ、ようやく日の目をみる段階にこぎつけた。宝蔵院日記に記された蕎麦に関する記録をいくつか拾ってみよう。
 正徳3年(1713)、正月4日より14日まで、庄屋組頭問屋が、蕎麦粉を持参して寺に挨拶に訪れている。
 安永7年(1778)の5月3日には、御前見舞いに、蕎麦切り差し上げるの文字が見える。
 安永10年には、蕎麦栽培の種まきをした日程から、刈り入れ、脱穀、新蕎麦を食べたことまで記録されている。
 天明3年(1783)の4月8日には、紫津村(現在の長野県上水内郡信濃町)の清水伴助の家から、酒を一樽と「寒ざらし蕎麦」を一袋、贈られたとある。寒ざらし蕎麦は、この地方で厳寒期に、ソバの実を寒さにさらして作る贅沢な蕎麦で、酒とともにそれを贈ったという記録からも、蕎麦がこの上ない御馳走として位置づけられていたことがわかる。
 寒ざらし蕎麦は、信州の高遠藩などから江戸幕府に献上されていた貴重な蕎麦。宝蔵院でもそれを食していたのだろう。寺領の蕎麦食文化が、いかに洗練されたものであったかが、この一文からも読み取れる。今後、研究が進められるにしたがい、妙高山麓の食文化の歴史が、さらに詳しく解明されることだろう。

 少々、かたい話になってしまったが、蕎麦の食文化、その歴史に興味をお持ちの方々にとっては、見逃すことのできない関心事であると思う。
 絶対秘仏の百済仏を撮影した様子については、またこの連載の中で報告したいと思う。興味のある方は、楽しみに、お待ちいただきたい。

■片山虎之介 世界初の蕎麦専門のWebマガジン『蕎麦Web』編集長。蕎麦好きのカメラマンであり、ライター。サライで撮影と文を担当して記事 を制作。12年になる。著書に『真打ち登場! 霧下蕎麦』『正統の蕎麦屋』『不老長寿の ダッタン蕎麦』(小学館)『ダッタン蕎麦百科』(柴田書店)などがある。『蕎麦Web』はこちら

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