【連載】蕎麦を待つ間に 第18回:蕎麦湯を飲めば、蕎麦屋がわかる
人気の蕎麦屋は早い時間に行って並べば、待ち時間が短くてすむと考えがちだが、蕎麦屋の行列の一番乗りは、おすすめできない。蕎麦を茹でる釜の湯が新しいうちは、蕎麦切りの風味が溶け出しやすく、茹であがった蕎麦の香りが薄くなる傾向があるからだ。蕎麦湯も白湯のように薄い。だから蕎麦屋は、昼の混雑が一段落して、蕎麦湯がとっぷり濃厚になったころに訪ねるのがいいだろう。
蕎麦湯は、出す店と出さない店がある。蕎麦湯に力を入れる店では、わざわざ蕎麦粉を湯に溶かして、とろりと濃い蕎麦湯を作るところさえある。それは、なかなか手のかかる作業なのだ。蕎麦粉に熱湯を注げば、濃い蕎麦湯が一丁上がりというほど単純なものではない。
まず水を入れた鍋を火にかける。沸騰するのを待って適量の蕎麦粉を入れ、素早くかきまぜて作る。作り置きはできないし、忙しい最中、個々の客のためにこれをやるのは面倒なことだろう。投入する蕎麦粉をもっと多くしたら、蕎麦がきになるのだ。蕎麦がきなら代金がもらえるが、蕎麦湯の代金というのは、未だかつて請求されたことがない。
一方、蕎麦湯を出さない店があるからといって、その分、料金をまけろと交渉している客にも出会ったことがない。たまに「すみません、蕎麦湯、いただけますか」と、蕎麦猪口を手にして遠慮がちにたずねる客もいるが、店がその求めに応じなくても客は黙って引き下がるだけだ。どうやら蕎麦湯は、出しても特にほめられるわけでもなく、出さなくても、とがめられるものでもないらしい。居ても気になる。居なくなるとこれがまた気になる、座敷童(ざしきわらし)に似たところもある、なんとも奇妙な存在だ。
そもそも蕎麦湯は、いつごろから、なんのために飲まれるようになったのだろうか。寛延4年(1751)に脱稿した『蕎麦全書』に、その答えのひとつが記されている。
それによると、著者である日新舍友蕎子(にっしんしゃ ゆうきょうし)が、信州の諏訪に旅したとき、蕎麦を食べたあとに蕎麦湯を出された。蕎麦湯を飲むという習慣が江戸にはなかったので、店の主人に、なぜ蕎麦湯を出すのかとたずねたところ、蕎麦湯を飲めば、食べた蕎麦が直ちに下腹に落ち着いて、たとえ食べ過ぎても腹が張ることがないのだ、との返答を得た。だから江戸に帰ってからは、人々に蕎麦を振る舞うとき、「信濃風」だといって、必ず蕎麦のあとには蕎麦湯を出すことにしている。飲んだ人は皆、なかなか良いものだと言っている、とのこと。
つまり『蕎麦全書』によると、江戸時代中期にはまだ、江戸では蕎麦を食べたあとに蕎麦湯を飲むということが、一般的には行われていなかったということになる。そして、蕎麦湯を飲むという習慣は、どうやら信州から江戸へと広まったものらしい。
しかし、『蕎麦全書』より56年前の、元禄8年(1695)に出版された『本朝食鑑』には、またちょっと違う話が書かれている。
『本朝食鑑』は、医と食の専門家である医師が書いた本草書で、内容は、庶民の日常食の薬効などの解説が中心だ。
本書によると、蕎麦切りを食べたあと、蕎麦湯を飲まないと病気になると、当時は信じられていたらしい。世間では、蕎麦切りをたくさん食べると、中風になると言われている。そして蕎麦切りを食べてから湯(風呂)に入れば、卒中で倒れたり、突然死すると思われている。しかし、予(わたし)は、これを疑う。病気になるかどうか、実際に試してみたが、そのようにはならなかった、と書いているのだ。
今でこそ、蕎麦を食べ過ぎても突然死するようなことはないとわかっているが、世間で皆がそう信じている時代に、実際に、それを試してみるということは、いわば自分の体を使った人体実験と同じで、かなり勇気のいることだったろう。わが子に天然痘の種痘を試したイギリスの医学者、エドワード・ジェンナーの偉業は、後世の語りぐさになっているが、自らの命を賭して蕎麦を腹いっぱい食べてみた『本朝食鑑』の著者、人見必大の功績は、あまり話題にされないのが少し気の毒だ。
そういうわけで蕎麦湯は昔から、よくわからない飲み物であったともいえる。
蕎麦猪口が手もとにひとつしかない状態で、底に辛汁が半分ほども残っているとき、「おまちどうさま、蕎麦湯です」と湯桶を持ってこられても、どうやって飲めばいいものなのか、よくわからない。蕎麦猪口にあふれるほどに蕎麦湯を注いでも、これではしょっぱくて飲めたものではない。
反対に、季節の香り豊かな食材を練り込んだ「さらしな蕎麦」をいただいたあと、ほのかに柚子の移り香などが立ちのぼる風雅な蕎麦湯を供されることもある。こういう店は、丁寧な仕事ぶりが蕎麦湯からうかがえて、なんだか嬉しい気分にさせられる。
一杯の蕎麦湯を飲めば、厨房の様子や、客の入り具合、店主の人柄、生き方まで見えてくる。不思議で楽しく、奥の深い飲み物、それが蕎麦湯である。
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コメント
蕎麦湯出でくると、「蕎麦屋にきてる」と再認識します。
と言うか「〆の一杯」
鴨せいろの後などは、蕎麦猪口とレンゲを一緒にくれる店もありますが、せいろの後は・・・むずかしいですね・・・
投稿: 荒井 華子 | 2010年4月 1日 21時17分
コメント、ありがとうございました。
値段の高い「鴨せいろ」を食べたときなら、堂々と蕎麦湯をもらえるけれど、一番安い「せいろ」だけでは、蕎麦湯を頼むのは気がひけるという意味だと思いますが、いえいえ、そんなことはありません。
蕎麦屋さんにとって、一番利益があがるメニューは、実は「せいろ」なのです。だから、「せいろ」のお客さんがいっぱいきてくれるのが、蕎麦屋さんは、一番うれしいのです。「せいろ」のお客さんは、蕎麦屋さんにとって、一番大切な人です。自信を持って、蕎麦湯をいただいてください。(虎)
投稿: 片山虎之介 | 2010年4月 3日 20時12分
神奈川に住んで半世紀?笑
以前(かれこれ20年位前)、福井の永平寺に親族一党で行ったときですが
門前の蕎麦屋で、蕎麦湯をお願いしたら「何それ?」的な対応で、そばを茹でた汁だと説明して出していただいたら
お椀で出てきて300円取られました
蕎麦湯が一般的でない地域と言うのはあるもんでしょうか
知ってる方、教えてください
投稿: 稔子 | 2010年4月16日 15時22分
いやあ、そうですか。蕎麦湯に料金が必要だったというお話は、初めてうかがいました。ありがとうございました。
福井の永平寺は、精進料理で有名なお寺ですが、以前、寺方蕎麦について調べたときに、永平寺さんに「お寺で蕎麦を出すような行事はありますか?」とお訊ねしたところ、「ありません」とのお返事をいただきました。禅宗(曹洞宗)のお寺なので、寺方蕎麦の伝統が残っているかと思ったのですが、残念でした。
門前蕎麦屋さんも、最近、とはいっても、ここ10から20年ぐらいの間に増えたようですね。
また、近々行ってみようと思います。コメント、ありがとうございました。(虎)
投稿: 片山虎之介 | 2010年4月17日 11時38分