【昭和が目にしみる】第1回:『かもしかみち』をあるく その5
■気がつけば、リュックがまだ空だった
短い1日が終わりつつある。藤森さんの文章に導かれて朝いちばんに新宿を発って、昨年訪れた尖石の風景を思い浮かべながら、小林先生に平出遺跡を案内していただき、そのまま和田峠へ。これら3か所は諏訪湖を中心にちょうど半径15キロメートルの円軌道上にある。5000年前には一度も諏訪湖に降りずに往来できる道で結ばれていたかもしれない。
気づくとモンベルのリュックがまだ空。日が暮れる前に林農園、井筒ワイン、信濃ワインをまわる。一度たずねてみたかった小さなkidoワイナリーは完売のため4月下旬までお休みだった。昨年の10月末、冒頭の塩尻市Tさんの案内で訪れた塩尻市ワイナリーフェスタ(本年の開催は10月30日(土)、31日(日)。問:塩尻市役所観光課 電話0263・52・0280)でひときわ鮮烈だった「秋薫る」や甲州とならぶ日本固有のブドウ品種の名を冠した「竜眼」など、塩尻ワインとのうれしい再会や新しい出会いもあった。けっきょくリュックは予定どおりぱんぱんにふくれあがり10キログラム近い重さとなった。
すっかりいい気になって特急電車のなかで塩尻ワインのミニ・ボトルをひと口飲み、『かもしかみち』を読み返そうとしたら、随筆家・山本夏彦氏の箴言がよぎった。「旅をしたからといって、ロバが馬になるわけでなし」。たたみかけるように評論家・川本三郎さんの言葉が浮かんだ。「散歩の歴史は古くない。用事もないのに知らない所をぶらぶら歩くというのはおかしなことである。こんな趣味が普通になったのは、明治以後ではないか。江戸時代まで、人はひとつ所で賢明に働くのが常識だった」(「サライ 東京下町散歩特集」2006年4月6日号)。誰にあやまるわけでもなく、それでも――すみません、ごめんなさい。旅の終わりはいつもこんな気持ち。東へとひた走るスーパーあずさから見える低い雲はいっこう切れる様子もなく、あと2時間もすると雨もよいの新宿である。
■サライ編集部 副編集長 井本一郎
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