【昭和が目にしみる】第1回:『かもしかみち』をあるく その4
■「魔法の石」を探しに旧石器時代へ
考古学にかぎらず、歴史学の関心は中央政権から見た「国史」を編むことではなく、中央政権を介さない、地方どうしの自由な交流に移って久しい。人・お金・物・情報、なんでもかんでも中央が関与していたわけではなく、地方は地方どうし、融通無碍にうまくやってきた。そんな証拠が各時代ごとに出てきた。信州でも――。
「和田峠をご存知ですか。ここから車で1時間ほどの場所に黒曜石の大産地があります。そこで取れた黒曜石は3万年もの昔から、近畿地方から東北地方まで流通していたといいます。このあと寄られてみてはいかがですか。星糞峠の採石跡にある黒曜石体験ミュージアムはわかりやすくていい博物館です」
諏訪湖の北、和田峠付近に「ホシガトウ(星ヶ塔)」「星糞峠」とよばれる黒曜石の大産地があると小林先生はいう。和田峠は諏訪と佐久を隔てる峠、天竜川水系と信濃(千曲)川水系の分水嶺になっている。そこでガラス質火山岩の黒曜石がよく採れた。石器しかなかった時代に、岩塊を割るだけでガラスの薄刃になる黒曜石は、魔法の石だったろう。星糞峠では3万年も前の旧石器時代から3500年前の縄文の後期まで採掘され、広く本州に流布していたという。
ほんとうだろうか。ここで、旧石器捏造事件「神の手」の問題に行き当たる。失礼を承知で小林先生に尋ねてみた。
「神の手、どう思われましたか」
小林先生はひと呼吸おいて淡々と語る。
「30キロも離れた遺跡から出た石器の断面が一致する、そんなはずないじゃないか。今なら誰でもいえます。でもあの一報を聞いて、あくまで一報を聞いた瞬間に、ですけど、“やった、ついに証拠が出たか、人の動きがつながった、ついにやったか”、そう感動した専門家もいたと思います。発掘したモノはその後どうなるのか、どう動いていくのか、5000年も前の人間の動きなんてはっきり証明できる機会などめったにない、だから、その証明をすることは研究者にとって大きな夢でもあるのです」
星糞峠に立つ黒耀石体験ミュージアムでは、旧石器時代の採石や加工のジオラマによる再現、「星」が各地に流通した様子などが科学的に示されている。展示を見ていると、あらためて原始の不自由を思い知る。木片や骨や石で、いま道具をつかって行なうすべてのことをすませるのである。そんななかで、力を加えるだけで鋭利で繊細なガラスの刃物が量産できてしまう黒曜石が、どれだけ便利な魔法の石であったことか。黒曜石の発見は小さな産業革命ではなかったか。ましてや、弥生時代に広まった、簡単にはこわれない青銅器や鉄器は、悪魔のような発明にちがいなかっただろう。
(続く)
■井本メモ6:黒耀石体験ミュージアム
長野県小県郡長和町大門3670-3 電話0268・41・8050
■井本メモ7:『黒耀石の原産地を探る』(黒耀石体験ミュージアム著、新泉社 2004年 1575円)
本文中でも触れた「星糞峠」の星糞とは、黒曜石のこと。地元のおばあちゃんたちは、星糞峠は、流れ星が降り積もったところと聞いて育ったなど、興味深いエピソードを交えながら、鷹山遺跡群について紹介する。
シリーズ「遺跡を学ぶ」の別冊。新泉社のウェブサイトは、こちら
■サライ編集部 副編集長 井本一郎
「コラム」カテゴリの記事
- 昭和が目にしみる 第26回 どこまでも広いヒロシマ その2――「古代ハイウェイ」、そして清盛の愛した宮島を旅する(2012.02.03)
- 巨大な杯の異名~話芸のことば探訪~(2012.01.30)
- 昭和が目にしみる 第24回 「コンド・ホテル」という発見、そして沖縄農業の先駆者たち(2012.01.18)
- 泥に酔う鮒~話芸のことば探訪~(2012.01.23)
- 孝行な少年の逸話~話芸のことば探訪~(2012.01.16)
















































































コメント