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『東急電車、奥の細道~弘南鉄道編』

01_2  さて、青森を走る元東急電車を探す旅は、十和田観光電鉄南部縦貫鉄道(の跡)と続き、ついに八甲田山を越えて弘前に到達した。
「オレ、東急の電車がむちゃくちゃ好きなんですよ」と語る同行のオーハラさんによって“東急調査団”と化したわれわれは、いよいよ津軽平野における東急電車の巣として名高い、弘南鉄道に向かった。
 めざすは津軽大沢駅、弘南鉄道大鰐線の車庫がある駅だ。でも、「津軽大沢ってどこだ?」と私。オーハラ氏も、「どうやら弘前と大鰐の中間あたりにあるらしいけど……」と思案顔。事前調査もテキトーで、まあ車庫に行けばなんか見られるだろ的な感覚で、とりあえずクルマを走らせる。

 ところで、東急電鉄の電車の特徴をひとことで表現するならば、「ステンレスの電車」(オーハラ氏)という言葉がぴったりだろう。
 かつて東急には、車体一面がグリーン一色に塗られ、“青ガエル”の愛称で知られた「5000系」(昭和29年登場)という画期的な電車があった。ヒコーキの技術を電車に応用したモノコック・ボディで、一世を風靡した。これをそのままステンレスに張り替えたのが「5200系」(昭和33年登場)だ。わが国初のステンレス製電車である。もとよりステンレスは、包丁や風呂桶にも使われるサビにくい金属である。5200系でステンレス電車に自信をつけた東急電鉄が、満を持してデビューさせたのが、昭和35年登場の「6000系」である。
「6000系はピカピカしていてね、本当に綺麗だったよ。東横線が地下鉄日比谷線に乗り入れるための電車だったんだよね」と、オーハラ氏にとっても忘れられない車両であるようだ。
 ところがこの6000系は、5編成20両しか製造されなかった。空気バネ台車、回生ブレーキ、1台車1モーターなどの新技術を盛り込んだ実験的な電車で、その後、昭和37年に登場する7000系オールステンレス車両のためにデータを提供するための車両だったのだ。
「じつはね、津軽大沢の車庫に、この幻の6000系が棲息してるらしいんですよ。楽しみだなあ」
 やっと探し当てた津軽大沢駅は、津軽平野のど真ん中、水田とリンゴ園がパッチワークのように点在する農村に、小屋のような駅舎が1軒建っているだけの駅だった。駅前には商店どころか数軒の民家があるだけ。はるか岩木山まで茫漠とした平原が続いている大平原の駅である。
「こりゃまた、すんごいとこですねえ」と私。
 するとオーハラ氏が、「ややっ、これはなんだっ!」と叫び声をあげた。
 氏の目の前には倉庫が建っていた。しかし、どこか妙だ。うーん、この形はどこかで見たことがあるぞ。えーと……あっ! こりゃあ電車じゃないか!!
 そう、そこにあったのは、廃車になった電車を利用した倉庫だったのだ。しかも、銀色に輝くボディと波打つコルゲート板は、紛れもなく東急6000系ではないか。再会を楽しみにしていたのに、こんな哀れな姿になっているなんて……。
 打ちひしがれたわれわれは、トボトボと津軽大沢車庫のフェンスに沿って歩いていった。すると、
「出た! 6000系だ! まだ生きてる!」
 と、オーハラ氏が再び大声をあげた。
 見ると、車両基地の片隅に、あの東急6000系電車が2編成も停まっているではないか。わずかに側面を膨らませたステンレスボディに、角をまるめた先頭部が、まるでニューヨークの(昔の)地下鉄電車を思わせる。その正面のステンレス板は、まるで調理器具かなにかのように輝いていた。
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「いやぁ~美しいですなあ」と私。
 オーハラ氏は買ったばかりの一眼デジカニで、機関銃のように写真を撮りまくる。
 よく見ると、6000系に挟まれるようにして、その次の世代の7000系も停まっている。
「スギザキさん、この7000系を見てよ! パイオニア台車付きのオリジナルですよ」と、オーハラ氏は興奮が収まらぬ様子。以前、十和田観光電鉄でみた7000系電車の台車は違うモノに換装されていたが、ここでは空気バネ台車の蛇行を防止するボルスターアンカー(支持棒)が車体に食いつく、パイオニア台車がそのまま使われている。

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 現在、弘南鉄道の主力電車は大鰐線、黒石線ともにこの7000系で、6000系は大鰐線の予備として使われているのだという。それにしても、現代の梨地加工が施された灰色のステンレス製電車とくらべると、かつてのギラギラ輝く銀色の車体は美しい。製造から50年たってもなお無塗装、無装飾の6000系電車は、さしづめ素顔美人といったところか。
ともあれ、青春時代にお世話になった電車たちに出会えた東急電車、奥の細道の旅。
とくにお宝満載の津軽大沢駅は、柵の外側からでもたっぷりと電車が観察できるいい場所でした。こんな看板もあったけど。

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■杉崎行恭(すぎざき・ゆきやす) 西に廃線になりそうな鉄道があれば、行って乗客数を増やす助けになり、東にオンボロのプロペラ機があれば、行ってこわがらなくてもいいとみんなに言う、あらゆる乗り物を愛するフォトライター。『日本の鉄道車窓100選』(新潮新書。共著)など著書多数。ウェブサイト「http://sugizaki.oline.jp/」も適宜更新中

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コメント

弘南の大鰐線
廃止されるようですね

投稿: キハ58 | 2010年4月 1日 16時07分

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