【昭和が目にしみる】第2回:街道に浮かぶ都「奈良」 その1
■「お水取り」が来た道
お水取りが終わると、春が来るという。まだまだ寒のぬけない3月12日、奈良東大寺さんの「お水取り」にうかがった。
近鉄電車の奈良駅からタクシーに乗って、
「東大寺さんへお願いします。転害門の手前、大仏殿の裏側を通って二月堂の下まで」、と言うと、運転手さんから「お水取りですか」と聞かれ、「ええ」と答えると、こんなやり取りが続いた。
「今日は上までは無理やわ」
「ならば、行けるところまでお願いします」
「お客さん、お水取りのお松明な、あの火の粉をあびたら厄払いや健康にいいっちゅうんは、ちがうんですわ」
またその話かと、すこし困ったけれど(このあたりの断定、それはそうだがでもしかし……複雑な気持になる。後述)、
「そうなんですか」とうなずいてみた。
「奈良にはまほろば検定いうんがあって僕も受けよう思うんです。地元の人は勉強よおせえへん。せっかくお客さん乗せるんやったら奈良のこと聞かれて答えられんといかん思うんです……お水取りのお松明は、昔は小さくてお堂にこもられる練行衆の足元を照らすためのもので……いうなれば懐中電灯の火の粉を浴びても……」
京都のタクシーに比べて奈良のタクシーはおおむね無口で、それも奈良らしさのひとつ。返事も聞こえないような運転手さんに乗り合わせると、ああ奈良に来たんだなあ、と思う。これは皮肉ではまったくなくて、アザラシに似た黒塗りのオースチンのタクシーが苦しげに坂道にさしかかったりしているのを見ると、ああ英国に来たんだなあ、と実感したのと同じくらい奈良の他意なき無愛想にも情趣があり、そもそも無愛想がいけないとは都会者の異様な自意識が生んだ歪んだ理屈ではないかとさえ思えてくる。奈良に期待すべきは人工のにおいのしない、ありのままにあるという自然ではないかしら。この日の運転手さんは親切ではあるけれど人工的な奉仕演技に不慣れの様子で、知っていることをありったけ問わず語るものだから気分が重くなりかけて、大仏殿裏の土塀にさしかかったあたりで降ろしてもらった。これから始まることを他人の言葉で規定されたくない。他山の石としてもって戒むべし。
【井本メモ7:奈良まほろばソムリエ検定】
奈良商工会議所が主催するご当地検定。奈良通2級、奈良通1級、奈良まほろばソムリエの3つのカテゴリーがある。公式テキストは、『奈良まほろばソムリエ検定 公式テキストブック改定新版』(網干善教監修、奈良商工会議所編、山と溪谷社発行、2100円)。事典的な記述なので楽しい本とは言い難い。 奈良まほろばソムリエ検定のウェブサイトは、こちら。
■サライ編集部 副編集長 井本一郎
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