【連載】蕎麦を待つ間に 第23回:「取り寄せ蕎麦」愛好家、急増の理由
今年、2010年1月号のサライの特集「極上の年越し蕎麦」を読んで、日本各地の名店から生蕎麦を取り寄せた読者は多い。それらの方々が、取り寄せた蕎麦の美味しさに感動して、リピーターになっているのだという。親しい友人に贈りたいからと、何箱も注文したりして、「取り寄せ蕎麦ファン」が急増していると聞いた。
各地の名店から、生蕎麦を自宅に取り寄せ、自分で釜前(蕎麦屋で蕎麦を茹でる職人のこと)となって、茹でて食べる。この蕎麦が美味しいのには、いくつかの理由がある。
まずひとつめの理由は、サライで紹介した店の、蕎麦そのものがうまいということ。全国の名店から選りすぐった蕎麦店の職人が、丹誠込めて打った蕎麦だ。それを茹でてすぐに食べるのだから、美味しくないはずがない。
ふたつめの理由は、蕎麦を打ってから、宅配便で自宅に配達されるまでに、約1日の時間がかかる。この時間が、蕎麦をじっくりと熟成させて、美味しさが増すと考えられる。
京都の人気蕎麦店などでは、店で供する蕎麦も、打ってから半日程度、寝かせてから茹でている。熟成によって蕎麦の味がどう変わるのか、蕎麦職人の考え方は、ひとそれぞれだが、熟成を上手にコントロールすれば、蕎麦はうまくなるという蕎麦職人は多い。
また、蕎麦職人によっては、「蕎麦は挽きたて、打ちたて、茹でたて」の「3たて」がうまいと主張する人もいるが、これにはまた別の考え方もある。江戸蕎麦の伝統では、打ちたての蕎麦は「包丁下(ほうちょうした)」といって、すぐに茹でてはいけないことが常識となっている。蕎麦を打ってから、ある程度の時間、寝かせておかないと、水が蕎麦粉にまんべんなく行き渡らず、茹でてもすぐに浮き上がってきてしまうのだ。その結果、生煮えの部分が残り、美味しくない蕎麦になってしまうことがある。
打ちたてを、すぐに茹でたほうがいいのか、あるいはしばらく寝かせたほうがいいのか。どちらが正しいということよりも、それぞれの職人により、うまい蕎麦を作る方法は様々だといえるのかもしれない。
みっつめの理由は、自宅だとリラックスして味わえるということ。これは意外に重要な要素で、気分により味の感じ方は、大きく変わるものなのだ。
現在発売中のサライ、2010年6月号、「鮎と初鰹」特集の、24から25ページの記事を、お読みいただきたい。北大路魯山人の作った料理がなぜ、並外れてうまかったのか、その理由の一端が明かされている。
100点満点の料理を、さらにおいしくする調味料は、それを味わう際の「雰囲気」をおいて、ほかにない。魯山人は、料理を供する際の演出が、とても上手だった。だから彼は、自分の料理を盛る器まで、自分で作ったのではないだろうか。
それと同じ理由で、自宅で家族や、親しい仲間とリラックスして味わえば、同じ蕎麦でも別物のように美味しさが増す。こういう効果が、取り寄せ蕎麦には、あるのだ。
だから、取り寄せ蕎麦を、美味しく食べるコツは、まず、本当に美味しい蕎麦店の蕎麦を取り寄せること。蕎麦は、店により、職人により、まさに千差万別。また時期によっても味が変わる。同じ店から取り寄せても、前回と今回では、味にバラつきがあることも少なくない。これは蕎麦職人の技術的な問題もあるが、同時に、原料のソバが季節により味が変化していくことも理由のひとつに挙げられる。さらに取り寄せたあと、自宅で生蕎麦を、どう扱ったかということも、味を左右する原因となる。
蕎麦は、とても繊細な食べ物だ。蕎麦職人によっては、蕎麦粉の極めて微妙な特性をコントロールするために、これから蕎麦を練る「こね鉢」の上で、最終的に篩(ふるい)を一振りして、調整する人さえいる。そういう蕎麦だからこそ、わざわざ遠隔地から取り寄せる意味もあるのだ。
そして最も注意しなければならないのが、蕎麦の茹で方だ。茹でるという作業は、蕎麦店の中でも、最も熟練した蕎麦職人が担当する重要な仕事。茹で方ひとつで、それまで多くの人々が注意に注意を重ねて作ってきた蕎麦を、生かしも殺しもすることになる。
自宅で茹でる際の最大の注意点は、とにかく「茹で過ぎないこと」。茹で過ぎたら蕎麦は、香りが抜け、味も薄くなり、みじめな食べ物になってしまう。生蕎麦が送られてきた箱に同封されている説明書を熟読し、実際に茹でる前に、リハーサルを行ってみるぐらいの慎重さで作業していただきたい。そうすれば、遠く離れた名店に足を運んで食べるより、さらに美味しい蕎麦を味わうことも、決して夢ではないはずだ。
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