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【昭和が目にしみる】 第4回:城山三郎展覧~父の背中に会いに行く その5

城山さんと歩いた父・母たちの世代
 撮影した写真を全部並べて、1ページずつ誌面をつくっていく。「サライ」は先割(さきわり)という方法で誌面をつくる。まず、担当者が見開きごとの大きな見出しを決め、そのテーマに沿うよう写真を並べていく。担当者が考えたページ構成と写真の流れを、編集長と副編集長を交え、唐突だったり不足している視点はないかを修正しながらデザイナーに手渡す。デザイナーは写真に大小をつけ、文字や罫線にさまざまな技巧を凝らし、編集が「おおっ」と唸るようなページデザインを出力して届けてくれる。この段階の本文と写真説明文はすべて○○○○○○○と、○印で表わされている。この割り付けを記者に送り、最後に記者はこの○○○○○○○を埋めていく。先に「割り付け」(レイアウト、デザインともいう)をして、あとで原稿を書くから、先割りという。

 1枚残らず思い入れのある写真から、何十分の一かに削りに削って写真を並べていく。どれもこれも矢島さんと選んだ思い入れのある写真ばかり。城山さんが笑っている写真の、同じ時代にはきっと自分の父親も笑っていたにちがいない。新婚時代の容子さんとのツーショットを見ていると、いつかアルバムで見た若き日の両親の姿が重なる。ご自宅の居間で城山さんと有一さん紀子さんが笑い合う家族団欒の写真を見ていると、めずらしくご機嫌でキャッチボールをしてくれた親父の顔が思い出される。城山さんの生きた時間は父・母が生きた時代とぴったり重なる。
 小誌のアートディレクター渡辺行雄さんのチームが、暖色を基調としたどこか懐かしくとてもあたたかいデザインに仕上げてくれて、割り付けが記者の矢島さんに渡った。
 締め切り日近くの午後、矢島さんからメールで早目に原稿がとどいた。画面上で一読し、さらりと読めたので、すぐ印刷会社に入稿し、割り付けに文字を流し込んでもらった。
 その翌日、出力された、写真と文字がきちんと組まれた完成ゲラを読み始めた。それはパソコンの画面で読んだのとはまったくちがったものになっていた。まるでわが父のことのように一気に読んだ。嫌な予感はずっとしていたが、最後の段落のところでついに涙が止まらなくなってしまった。
 もう在庫はありませんが、よろしかったら図書館などで「サライ 2008年2月21日号」を手にとってみてください。大きな人に出会えた、印象深い仕事でした。

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上写真:「サライ 2008年2月21日号」の第二特集扉。ちなみに、この号の表紙は第一特集「博多よかばい紀行」から、めんたいこと白飯。収蔵庫の倉庫で相澤實さん撮影のパネルを“発見”したときは、これが表紙だ!と確信したのですが、めんたいこに負けました。

横浜「神奈川近代文学館」へ足を運びませんか
 図録の最後には城山さんの詩「旗」がおさめられている。瞑して抄録します。昭和には絶対に忘れてはいけないことがたくさんある。
そして、内覧会の配布資料のなかにそっとしのばせてあった、杉浦さん、井上さんのあたたかいメッセージを、ふたりのお許しを得て掲載させていただきます。

旗振るな 
旗振らすな 
旗伏せよ 
旗たため 

ひとみなひとり
ひとりには
ひとつの命

走る雲 
冴える月 
こぼれる星 
奏でる虫 
みなひとり 
ひとつの輝き

山ねぼけ
湖(うみ)しらけ
森かげり
人は老ゆ

生きるには
旗要らず

旗振るな 
旗振らすな 
旗伏せよ 
旗たため 

限りある命のために

1_2

■サライ編集部 副編集長 井本一郎

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