【昭和が目にしみる】第6回:永遠の海景 ~海女が暮らす自給自足の村から その5
■自給自足の村
ここはほんとうに太平洋か、どこかの内海ではないのか、と錯覚しそうなベタなぎの海を、漁を終えた海女舟が何艘も北上している。私たちの舟も越賀の漁港に向かった。エンジンの音と海風がこんなに相性が良いものだとは気づかなかった。東西に長い先志摩半島の南側は太平洋、北側はおだやかな内海の英虞湾、舟が帰る越賀は半島西端近くの太平洋側に位置する。海が荒れれば北側の英虞湾に舟を出す、とおっしゃって下さったが、漁は太平洋側がおもしろいようだ。
(写真左/徒人(かちど)をしている、とみさんの親戚の齊藤美穂さん。この日は蛸を捕獲。午餐でこの蛸を茹でてくださった。
写真右/茹でたての蛸をほおばりながら、越賀の豊かさを実感する。美穂さん自身は食べたのだろうか。残りも、わたしたち3人のお土産としていただいてしまった)
海女さんたちは着替えをすませると、砂浜に建てられた海女小屋で火に当たりながら弁当を食べる。越賀には海女小屋が2棟あり、その日は1棟を中村さん家族とわたしたちの貸し切りにしてもらった。ゆっくりインタビューができるようにと、とみさんが計らってくれたにちがいない。だが昨日の宴会であらかた話は出尽くしたような気も。源司さんは囲炉裏の前でごろりと横になったまま。素敵な寝姿だ。とみさんや親戚の齊藤美穂さんが焼いてくれるサザエやホラ貝、茹でたての蛸や昨日のサンマ寿司と手こね寿司とボタ餅をほおばる。一夜置いた冷やご飯の寿司も味がなじんで好きだ。

ひと仕事終えた海洋写真家のOさん。宴席に畑仕事、念仏講、海女小屋、舟上での作業風景から水中写真まで八面六臂の活躍。手に持つのはストロボを装備した水中カメラ。サライ・インタビューで水中撮影はもちろん初めてである。
越賀とのお別れの時間がきた。とみさんは漁獲したサザエをお土産に持っていきなさいと言い、美穂さんはせっかく獲った蛸をお土産に包んでくれる。すくなくともこの2日、わたしたちは中村さん一家の扶養家族だった。夫婦並んで山ほどサザエを抱えたわたしたちを小屋の前で見送ってくれる。そのときわたしたちはみんな、とみさんが78歳ということを忘れていた。
帰りの新幹線は席をばらばらにした。半島の海景色と志摩の言葉と、みんなの笑い顔と陽気な声を思い出す。というより頭から離れない。2日間、シャワーのように志摩の言葉を全身に浴びた。どんな言葉がいちばん印象に残っただろう。それが記事のタイトルになる。そのときは「つい10年前まで自給自足でやってきた」「いまも自給自足に戻れる」が印象に残った。昭和28年の台風13号で、越賀の海は根こそぎやられたという。稼ぎになるほど漁獲がない。その間は――
中村 その間は、海にサザエ1つ、2つでもおるやんか。1つもおらへんいうことないやで、ウニやとかタコやとか、いろいろ食べられるもの取った。
I じゃあ、売るんじゃなくて、自分たちが食べるために。
中村 いうたら生活するためやわな。
I その間は全然商売にならない。
中村 うん、その代わり、そんなもので食べとったら銭がいらん。
I事仲間 そんな折りはテングサで潜ぐんだ。
I 現金がなくても食べられるものなんですね。
中村 そうそう、ここらはな、豆を取って自分の味噌つくるし。
I そこまで。
中村 皆、自給自足でやっとったんやもん。
仕事仲間 家の野菜物を食べたりね。
中村 ここらの人は、皆、そういう生活してきてるの。
I 村を一歩も出なくても、ここでやっていける。
中村 情けがあるわな。畑作っとるうちがよう食べんだけあったら、人にやる。
仕事仲間 今は買う
中村 今は期限切れでみんな放るやんか。もったいない、が八分や(笑)。食うてもあたらへんのに(笑)。
仕事仲間 ほんまや。
―― 自給自足でいられたというのは何年ぐらい前までですか。
仕事仲間 最近までしとったやな。
仕事仲間 マーケットができるまでかね。
歓迎の宴会でテーブルに並べられたご馳走、そのなかで手料理にまざって銀のホイル皿に市販のエビフライと鳥の唐揚げが盛られていたことを思い出す。あれはたったひと皿、現金を使って手に入れてくれた「晴れ」の一品だったのか。市販品に比べて手料理があまりに見事だったので、すっかりそのありがたさを見落としていた。
■サライ編集部 副編集長 井本一郎
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