【昭和が目にしみる】第6回:永遠の海景~海女が暮らす自給自足の村から その2
■海女(あま)の話が聞きたい!
「いよいよ今週末ですね、4月3日土曜日、よろしくお願いします。名古屋から近鉄特急で11時に鵜方(うがた)に着いて、そこからレンタカーで向かいますから、11時半には越賀(こしか)の漁協前にうかがえると思います」
「何人で来るの」
「記者とカメラと私の3人です」
「昼ごはんを食べたらいかんよ、手こね寿司作っとくから」
今年4月、3年ごしであたためていたサライ・インタビューの「伊勢の海女さん」取材がようやく実現した。なぜ3年かかったのだろう、ということに実は理由が見つからない。インタビューを受けてくださった現役海女の中村とみさんは78歳、ファックスもメールもされないので、郵送で企画書を送り、あとは電話で何度か撮影の段取りを打ち合わせ、出発の前日か前々日、最終の電話をするととみさんはしきりに昼食をとらないように、腹をすかせて来るようにと念を押された。今から思うと、われわれはここからすでに「越賀時間」に時計を合わせておくべきだった。
2年前、サライ「伊勢志摩特集」(2007年5月3日号)でお世話になった三重県庁の担当者が1泊2日のプレスツアーに招待してくれた。初日は伊勢市内をめぐり、2日めは志摩。少人数のあたたかいツアーだった。そのいちばん最後の立ち寄り先が、志摩半島の奥の奥、越賀集落の「海女小屋体験」だった。海女小屋とは海女さんたちが海仕事で冷えたからだを温め、食事や休息をとる質素な囲炉裏小屋のこと(本連載「その1」冒頭左側の写真)。ツアーで訪れた「海女小屋」は志摩市が本物を模して建てた観光施設である。
ここでは現役または“卒業”した50代、60代のベテラン海女が5人、6人でさざえ、伊勢海老、バタバタ(緋扇貝)、車海老などを炭火で焼いてくれる。朝獲れの魚介を炭火で炙ってかぶりつくのだから旨いに決まっているが、さらに海女さんたちの世間話も伊勢海老を上回るほどのご馳走である。彼女たちは観光海女ではなく正真正銘漁獲で家計を支えてきた職業海女だから言葉がぶ厚い(「サライ」2010年7月号、サライ・インタビュー参照)。
言葉が厚いうえに声が大きい、実によく笑う、それを見ているこちらもなんだかうれしくなる。いったいこの世の中で暗い顔をしているやつは、なにをそんなにかかえ込むことがあるのか、「まあ、ナアナアでええやんか」この一言でみんな解決。
「さあ、これもはよ食べてよ」「こっちも焼けとるよ」と勧められているうちに私たちにもみるみる笑顔が広がり、再訪を決意したのだった。再訪するには用事が要る。「サライ・インタビュー」はどうだろう。ひとつの仕事に打ち込み今も現役、一徹の大先輩の言葉を次代に語り継ごうという小誌の連載である。
「皆さんのなかで長老格、尊敬されて、お話好きで、船に載せてくれ、仕事中の写真も撮らせてくれ、インタビューも受けてくれそうな人っていますか」
そんな虫のよいことを尋ねると、
「それやったらトミさんやわな」
「そうそうトミがええ」
「あそこは夫婦で海に行きおる、夫婦でやっとるのはあそこだけや」
「トミさんは名人やもの」
と、海女さんたちは口をそろえて、中村とみ、という人を名指しした。
【井本メモ15: 海女小屋体験】
志摩市の観光協会が運営する体験施設。要予約、酒類の持ち込みも可、らしい。何人もの海女さんたちが大笑いしながら炭火で焼いてくれる新鮮な魚介をほおばるうち、志摩に親戚でもあって、そこに帰ってきたような既視感に陥るほど土地との一体感に包まれる。
■三重県志摩市志摩町越賀2279 問い合わせ・予約 志摩市観光協会 電話0599・85・1212
志摩市観光協会のウェブサイトは、こちら。
■サライ編集部 副編集長 井本一郎
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