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【昭和が目にしみる】第7回:世界でいちばん悲しい楽器 その1

■神保町に小さな染みがついた
「サライ」編集部がある、東京都千代田区神田神保町は、世界最大の「本の街」といわれる。先日も7月10日発売のサライ「軽井沢特集」のページづくりをしていたら、記者氏が古い雑誌に載った面白い写真を見つけてきた。しかし権利関係がわからず掲載は不可能という。明治20年代の碓氷峠を写した1枚で、馬車鉄道が列になって峠道をのぼり、山の斜面では後の信越本線の碓氷トンネルが掘られている貴重な古写真だった。掲載されていたのは10年以上前の鉄道専門誌なので担当編集者も記者もわからない。こんなときは同じ写真が載る書籍を見つけ、出版元に転載許可を得るのが常道である。心当たりの鉄道専門古書店を2軒ほど回ろうとぶらりと町内に出ると、1軒目にして『さよなら碓氷線』(碓氷線を守る会編・あかぎ出版)という本が見つかり、同じ写真が大きく載っていた。さっそく群馬県にある版元に電話をかけ、転載のお願いをすると、その場で快諾していただき、サライに掲載できることになった。記者氏の資料が手元に届いてからおよそ1時間半で全部解決。もっと喜んでもいいはずだが、実はこうしたことは珍しくない。ここでは当たり前に起きることである。

 本屋さんばかりではない。神保町は音楽好きにもたまらない街だ。CDやLP、SPレコードを扱う店も10指にあまり、最近では昼間からジャズを聞ける店も3軒に増えた。ほかにも東京堂裏の小さな映画館・神保町シアターではいつも懐かしい昭和の映画がかかり、神保町交差点にある岩波ホールでは、都市生活者のマイノリティに「メジャーに共感できないあなたは正しい」とエールをもらえるヨーロッパやアジアの個性的な作品が上映され続けている。町内には古くからのランチ処や喫茶店が並び、まる1日散歩をしても飽きない懐深い街なのだ。
 数年前、そんな神保町にもJシティという高層ビルが2棟も建ち、首からIDカードをぶら下げた外資系や先端企業の人々が街に溢れ、嫌な気持になったこともあったが、仕事の付き合いでそんな外資やJシティの住人の何人かと食事をする機会があって驚いた。彼らのほうがはるかに町内の店探しに貪欲で、旧住人の知らない店を教えてもらった。路地隅の天ぷら屋、ビルの中のイタリアン、新しいジャズ喫茶……、完敗。今やこの街を明るくしているのは旧住人ではなく新住人の好奇心にちがいないと反省しきり。こうやって神保町は今日も街の厚みを増している。
 そんな神保町に小さな染みが点いたのが6月半ば。靖国通りと白山通りがまじわる神保町交差点に毎日、警笛が響き渡るようになった。出勤前、頭を空にして澄んだ気分で会社に向かおうという時分と、ランチタイムののんびりしたい時間帯に交差点を通ると、警笛がピーピー鳴り響き、見れば警察官が赤い誘導灯をふりまわし、車両や歩行者を指図している。騒音は1週間たっても続き、まいったな、と思っていた。大人の街にいきなり幼稚園の先生がやってきて、赤ちゃん言葉で何かを教えようとしてくれるような違和感である。ある日の昼休み、歩行者信号の点滅で交差点に入ったら、背中から警察官に「ウルラァ」と巻き舌で怒鳴られたこともあった。びっくりした。体がこわばった。横断歩道に突き出された制止サインの誘導等をすりぬけ、そのまま渡りきったことが警笛の主の逆鱗にふれたらしい。「ウルラァ」の後遺症はまる1日続いた。
 その後も警笛はいっこうに止むことがなく、「はたして交通整理にかならず笛を吹かなくてはならないものなのか」、そんな疑問が浮かび、別な日に交通整理をしている巡査に交差点の片隅でたずねてみた。丁寧に応対していただいた警察官の言葉を要約すると、吹かねばならないというマニュアルはないが、吹くことで運転者に注意をうながすことができ、警察官がここにいることを示せば運転者も警察官の姿を見つけて安全運転しようと思うから事故防止につながる、そういう注意の積み重ねが街の安全につながり、警笛はそのためにメリットがあるのだそうだ。
 神保町は落ち着いた街なので、毎日ピーピーを聞くのは、聞かされるほうがちょっとつらく、過去に三省堂の近くにある居酒屋がランチタイムに日替わりメニューを連呼絶叫していたことがあったが1週間もたたずに誰かの注意によって中止され、すずらん通りにできた風俗営業店もじきに消滅し、この場所にふさわしくないものは街自身で浄化してきた経緯がある。警笛の音も、歩行者をヒツジの群れのように扱う誘導灯の動きも神保町に似合うとは思えないのですが、というようなことを言ってみた。
 すると、とくに交通安全週間がはじまったわけではないが、神田警察署では交通量の多い神保町交差点を重点ポイントに選び、事故防止のために毎日任意の時間帯に巡査が交通整理をすることになったと爽やかに言う。
 困ってしまった。だからもう皆さんは安全です! のような爽やかさ。「警察官の指導は安全のために必要だ」VS「警察官の指導はこの街にとって過剰なお節介に見える」。こう並べてみると前者に理があるように見える。しかし、そうかなぁ。ここには大きな傲慢や思考停止が隠されているように思えてならない。みんなのためにやっているいいことだから文句をいわせない、という傲慢と、すでに決まって実施されていることに皆さんの意見は必要ないという思考停止。これはお役所のやり方でしばしば目につく、目的は正しいが、手段がおそろしく幼稚、もしくはでたらめという例に当てはまらないだろうか。走りはじめるのはいいが、手段が目的化して修正がきかないある種の原理主義は、現場で汗を流す警察官を孤立させるだけではないか。なにしろクールなわが街において警笛の無茶吹きと誘導灯の素振りは、美、それも「用の美」からさえ、もっとも遠いものだから。
 それにしても警笛、もっとも不幸な楽器だとつくづく同情を禁じえなかった。指揮者のタクトのように人を指図するだけで音など出ないほうがまだましで、なまじ強烈な音が出るから悲しさもひとしお。かつて人の声のかわりにさまざまなメッセージを伝えたアルプス高地の角笛のように大らかな音色でもなく、オーケストラの管楽器のような音程も持たず、ムラマツのフルートのように美しくもなく、さらに永遠に良い演奏家に恵まれることもない、発明からひとつの機能も進化していない玩具。おもちゃのピアノ以下のこんな道具から発せられる安っぽい音が、今日も我が街・神保町に鳴り響くことは、街を汚しているように思えてならない。
 放牧の牛たちの位置を知るためにぶら下げられたカウベルは、キリスト教の普及とともに教会の塔に掲げられた。塔はより高く、鐘はより大きく、音はより遠くまで届くようになる――歴史上の音風景がその時代の人々にどんな精神的な影響を与えてきたかについては、以下の著名な本が参考になる。音風景は人の心にすくなからず影響を与える。時には街の色も濁らせてしまう。

【井本メモ17:『世界の調律 サウンドスケープとはなにか』
(R.マリー・シェーファー著、鳥越けい子ほか訳 平凡社ライブラリー)。
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1933年カナダで生まれ、トロント王立音楽院で作曲を学んだシェーファー氏が設立した「世界サウンドスケープ・プロジェクト」。サウンドスケープとは、音の風景のことで、世界を音の側面から捉え直そうとする試み。本書には、音響学、生物学をはじめ神話、文学などを駆使して壮大な音の世界史を綴り、未来の音環境のデザインを試みる。 詳しくは、こちら

■サライ編集部 副編集長 井本一郎

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