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2010年7月 9日 はてなブックマーク - 【昭和が目にしみる】第8回 ネット古本屋さん奮戦記(前編)このエントリーを含むはてなブックマーク Twitterにつぶやく

【昭和が目にしみる】第8回 ネット古本屋さん奮戦記(前編)

Photo ■アマゾン上陸前夜
1995年、横浜でひとりの男がちょっとした思いつきを形にした。インターネットを使って、探している古本が手に入ったら便利にちがいない、というアイデアだ。知り合いの古書店にたのまれ、ボランティアではじめたこの「古本検索サイト」は静かにファンを増やし、1996年には、その男が勤めていた一部上場企業を辞め、サイトを事業化しようと考えさせるほどの規模になった。インターネット古書サイト「紫式部」の誕生である。
 Yahoo!、Googleなどの検索エンジンで「古書 紫式部」という言葉を放り込むと、運営会社の紫式部が運営する古書検索システム「スーパー源氏」が現れるので、これを選択。「スーパー源氏」のトップページが表示されたら、探している本の書名か著者名、出版社名のどれかを入力する。うろおぼえならわかるところまでの単語でいい。それで、ちゃんと調べてくれる。該当する本があると、北海道から沖縄まで、紫式部が提携する古書店の在庫リストが現われる。
「初版」「復刻版」「帯付き」「シミあり」など、状態と価格を比べて条件が合えば、その本を在庫する古書店に購入の意思を伝える。すると、数日後には振込用紙が同封された現物が届く。今から15年も前のことである。夢のようなシステムだったと思う。

 「紫式部」を知ったのは2004年。他人に比べれば遅いほうだったが、それでもこの古書検索サービスは夢のようにありがたかった。自分で欲しい本ばかりでなく、ギフト本の入手にも重宝した。たとえば当時連載を担当していたノンフィクション作家・山根一眞さんの誕生日祝に、氏が長らく追いかけている鉄をテーマにしたコロタイプ印刷の『八幡製鉄写真帖』という珍しい本を贈ろうと思い立ち、ダメモトで「スーパー源氏」で検索したところ、かつて八幡製鉄所があった北九州市内の複数の書店がヒットし、6000円くらいで苦もなく手に入った。造本は、三方金(さんぽうきん)と呼ばれる、本の上側と底側と小口側の全面に金粉を塗布し、1枚ずつコロタイプというお金と時間がかかる印刷法で刷り上げ、それを房つきの紐で1冊に閉じた、当時でも特別な人に配る贅沢な書物だった。
 この本はかつて製鉄史の故・飯田賢一先生のお宅で実物を見せていただき、立派な造本と現代美術のような硬質な写真に驚いて何ページかコピーをとらせていただいた昭和初期の本。限定版だから手に入るはずもないと思ったが、あっけないほど何冊もヒットした。おお、と小さな嘆声をあげたあと複雑な気持ちになったことも確かで、つまり、もう北九州市の八幡地区の古本屋にこの本をわざわざ探しに行くような機会は金輪際ないということがはっきりし、こんな調子でほしい本が指先の動作ひとつでどんどん手に入ってしまったら難書を見つけた喜びはどこへ行ってしまうのかと、ややセンチメンタルな気分におそわれた。

 2010年のいま、古書検索サイトは「紫式部」のほかに「日本の古本屋」と「アマゾン」が鼎立状態。インターネットで古書を、値段や状態を見比べながら手軽に買うのはあたりまえになったが、日本第1号はたしかに「紫式部」だった。
 6年ぶりに「紫式部」社長の河野真さん(54歳)に会いにいった。河野さんとは、週刊ポストの連載「脱サラ戦士たちのその後」(後に『サラリーマン、やめますか』として単行本化)でお話をうかがって以来となる。
 はじめてお会いした04年当時の「紫式部」はライバルもなく、全国130の古書店が200万点600万冊の在庫を常時公開し、1日5000人が6万回もの検索をかけていた。1996年、創業1年目には6万円だった取扱高が、04年の取材時には5億円になっていた。その絶頂期にあって河野さんは言った。
「一歩まちがえればホームレスになるかもしれない恐怖感はいまだにあります。しかし時間が自由になるという“心の収入”は増えました。家族会議を開いて、会社をやめるかどうかを決めるという人がいるけれど、そういう人は会社をやめないほうがよい。会社を興すと本当につらいころもあるので、たぶん耐えきれないと思いますね。退職する時もその後も、妻や子供たちの反対があったが、自分の人生の責任を妻や家族がとってくれるわけではない。自分の人生は自分でしか責任をとれないし、自分でしか切り開けないんです」。

■井本メモ19
『サラリーマン、やめました――脱サラ戦士たちの「それから」』
田澤拓也著 小学館 1470円
居酒屋、農家、僧侶、医師、漁師、芸術家、酪農家……会社をやめ、「このままでは終わらない」という気概を持ってそれぞれの道を歩きだした、河野さんほか25人の涙と笑いのノンフィクション。装丁は新潮社を「脱サラ」し、余人を以てかえがたい仕事を続ける緒方修一さん。

■黒船が照らしだした「創業の原点」
 ひさしぶりにお目にかかった河野さんは開口いちばんに言った。「あれから大変だったんですよ」。
 紫式部の記事が出た2004年直後から、「アマゾン」や「楽天」、日本古書店組合の「日本の古本屋」などがインターネットの古書市場に参入。規模の大きさが魅力のアマゾンなどにずいぶん加盟店が流出し、最大150軒を数えた「紫式部」の加盟店も100近くまで減ってしまった。
「古本屋はみんなどんぶり勘定で、おどろくほどのんびりしていました。そこへアマゾンや楽天がやってきて、ものすごい勢いで伸びていった。あのスケールにはかないませんよ。どうしていいかわからず、商売やめようかと思いました。私の場合はサラリーマンを経験しているのでどんぶりではなかったけど、それにしても1円で本が売られるのを見たら、“あーあ”って思いますよ。とてもかないません。紫式部の加盟店も量がさばけたほうが商売になるのでずいぶん抜けていきました。さあ、どうしよう。それは必死に考えましたよ。でも、当時はたいへんでしたが、アマゾンが来てくれたおかげで目が覚めたところも確かにあったんです。本が好きではじめた商売ですから、数で勝負するのはわれわれのやりかたではない。本好きの人にどう喜んでもらえるか、という原点から考え直さざるを得なくなった。アマゾンは、これからは家電やファッション、医療などにも関心を持っていて、もっと大きくなっていくでしょう。本の売り上げもそろそろ頭打ちと聞きました。もはや本屋ではないですね。しかし、わたしたちはスケールに関心がないので、『本』を手広く積み上げるのではなく、ニッチに掘り下げていくビジネスをしたい。そのために、本が好きな人たちは何を望んでいるか、ということをじっくり考えたんです。そこで――。
さて、河野さんが考えた「本をめぐる新しい仕事」とは。次回で詳しく記していきたいと思います。

■井本メモ20
『ネット古本屋になろう!』
河野真著 青弓社 1680円
買い取り、値付けのやり方から古物商の許可申請まで、読書家のサイドビジネスとして「無店舗古書店」のノウハウを実践的に説く。供給過剰で仕入れやすく、しかし売るのがむずかしいインフレ時代には、どんぶり勘定を廃し、稀覯本や文化的価値の高い本をそろえ、本好きの信用を得ることが必要、というセグメントのしかたは説得力がある。

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