【昭和が目にしみる】第10回:サライの夏休み~まだ間に合う「最後の航海」

■フェリー廃航の前に海路・伊勢へ
9月30日にひとつのフェリー航路が地図から消えてなくなる。昭和39年にひらかれた愛知県渥美半島の突端・伊良湖岬から対岸の鳥羽を55分で結ぶ伊勢湾フェリー「伊良湖-鳥羽ルート」だ。この航路を愛してやまない。伊勢という神域に詣でるのに、海参詣ほどふさわしいアプローチはないと考えるから。もう少し正確にいえば、東京から伊勢に車で行く場合、高速道路を使うとあくびも出ないほど退屈だが、このフェリーを使えば、とても刺激的なドライブが楽しめるのである。
東京から自動車で伊勢へ行くには、東名高速から東名阪自動車道を経由し、伊勢自動車道を使うのがいちばん早い。でもここで地図を広げてみてほしい。東名というのは由比SAから焼津ICの区間以外はほとんど内陸部を走る。景色も御殿場あたりで少し変化を見せるくらいで、道の駅もないし、集落も人も見えないし、そのへんで止まったりできないし、情報が遮断されたトンネルの中を猛スピードで走らされているような状態が何時間も続く。もとよりトラックのために造成された道路、観光客が物見遊山で走ろうとしても、華などあるはずもない。
そこで今回は、もし運転が好きなら、旅が好きなら、時間があるなら、理解のある同乗者に恵まれたなら、いささか迂遠な道程になるが、気持ちのよい海岸走行と、フェリーでのんびり海風に当たれる、海からのお伊勢参りルートを提案したい。東京を朝出れば、夕方には伊勢に着くだろう。
■東名を静岡ICで下り、「大崩」にびっくりする
単調な東名高速道路は、静岡ICでさっさと下りてしまう。高速道路はこの先、東名最長2555mという日本坂トンネルにさしかかる。海岸からわずか2キロほどの場所になぜ全線最長のトンネルがあるのか。その答えは下道を走ってみればすぐわかる。静岡ICを下りたら、とにかくいちばん海際の道を目指し、それを焼津方向に西行する。旧国道150号、現在は県道416号静岡焼津線と呼ばれている道だ。
海沿いをしばらく走るとすぐに、「大崩(おおくずれ)」と呼ばれるものすごい崩落地形にさしかかる。リアス式海岸が約4キロも連続し、過去には通行中の車が土砂崩れで押しつぶされたこともある。いまは道が大きく海上へ張り出す異様なルートをとり、「崩れ」と呼ばれる崩落地形を運転席側から海越しに仰ぎ見ることができる。この山塊の中を東名日本坂トンネルのほか、国道150号静岡バイパスの新日本坂トンネル2207m、新幹線の日本坂トンネル2174m、東海道本線石部(せきべ)トンネル2185m、4本ものトンネルが走っている。
そういえば、「崩れ」という地形を愛した作家がいる。幸田幸『崩れ』の鬼気迫る崩れ歩きは、旅好きにはたまらない1冊となるのではないか。
■御前崎から先は40㎞も「浜岡大砂丘」が続く……
崩れに背筋を寒くしたあとは、のどかで懐かしい漁村をいくつか通り過ぎ、日本有数の漁業基地・焼津に向かう。ちなみにわたしはのどかな風景に飽き足らず、引き返して、「大崩」をもう一度体験した。片道2車線の幹線道なので路上に車を止めて写真が撮れないのは残念だが、道筋を見ればそんなのんきなことを言っている場合でないことがよくわかる。焼津から、歌に謳われた大井川河口を渡って御前崎へ。弛緩した大井川の河口部はとてもかつて川止に遭ったような川とも思えぬが、いったん車と止めて、いざ上流の水を一挙に集めたとき、どんな流れになるのか想像するのも楽しい。きっと蛇やおろち、そんなふうにもたとえられるさぞおそろしい流れになるのだろう。
御前崎は台風中継で有名だが、訪れたという人をあまり知らない。内陸を走る鉄道や高速道路から20㎞も離れ、周辺に温泉や名勝旧跡のないため、わざわざ行く人もない。岬は岬、それだけといえばそれだけだが、高台ではない低い土地の先端から見はるかす太平洋はすがすがしくて気持ちがいい。土産物屋の建物も陳列法もコピーの文も、どこか取り残されたような観光地であり、小学生にもどったような錯覚に陥ってしまう。古くさく、けしてにぎわっているとはいえないが、そこに哀しみを見ることは、自分の小学生時代を哀しがるのと同じであり、行き場のないどうしようもない感傷におそわれる。
御前崎を過ぎると風景が一変する。ここも「大崩」とならんで、是非目に焼き付けておきたい日本の大風景だ。浜岡大砂丘、千浜砂丘という二つの大砂丘が40㎞にわたって天竜川河口までとぎれることなく続く。海岸沿いを走る国道150号線は防砂林に隔てられ、直接海が見えないので、浜岡原発手前の温水利用研究センターあたりでいちど防砂林の外に出てみたい。骨を撒いたような砂浜に太平洋から直接吹き付ける風はあまりにつよく、どこか見知らぬ惑星に不時着でもしたかのような空恐ろしさがある。
天竜川を渡ったら国道1号を走り、またもや中田島砂丘(米津の浜)を経由、新幹線からも見える浜名バイパスのあの大きく湾曲した浜名大橋を渡ると、そこはもう渥美半島の付け根だ。半島の南側を約50㎞にわたり右折左折がない直線路をひた走り、行き止まりが伊良湖岬である。ここから9月30日で廃止になる伊勢湾フェリー伊良湖―鳥羽航路に乗る。左に三島由紀夫『潮騒』の舞台で、過去5回の映画のロケ地となった神島や、右に九鬼水軍の根拠地、答志島をながめながら、鏡のようにおだやかな海の上を1時間弱ゆられる。こうして鳥羽港に上陸すれば、伊勢まではもうすぐだ。
■井本メモ22
浜岡大砂丘の観光
http://www.chuden.co.jp/hamaoka-pr/sightseeing/index.html
■井本メモ23
渥美半島
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/f-atsumi/
■井本メモ24
伊勢湾フェリー
http://www.isewanferry.co.jp/inquiry.html
■井本メモ25
伊勢神宮
http://www.isejingu.or.jp/
■黒鮑、宝彩海老、200g超の釣り鯵――伊勢湾を食べつくす
黒鮑3000円~、宝彩海老あります、おすすめの貼り紙のほか、カウンターの上にはとこぶしを炊いたものや長芋煮など1日の疲れを忘れるメニューが並ぶ。その日は200g超えの釣り鯵もあがっていた。ひさしぶりに訪ねた鳥羽駅からほど近い「大阪屋」さんは実家のようにあたたかい。大崩、岬からの海景色、大砂丘、50㎞も曲がらない道、やがて廃止されるフェリーから見晴らす伊勢湾、そんなことを思い出しながら、やんちゃ上等の大将や海を知り尽くした料理長とおしゃべりをしていると時のたつのも忘れてしまう。
この「大阪屋」さん、リピーターも多く、週末の夜は混雑するので予約したほうが無難だ。また、入荷状況により数に限りがあるので、予約時に食べたいものやその日の漁果を尋ね、取り置きをしてもらわないと、あーあ、さっきまであったのに、早く言ってくれなきゃあ、となる。
宿はビジネスホテルならキャッスルイン伊勢に泊まり、翌日伊勢神宮を参詣するのがスタンダードプラン。伊勢参拝は早朝が最適、朝霧のなか内宮の御手洗場で手をすすぐと凛となる。最近はこの御手洗場にも鹿よけの防獣ネットが張られるようになったので、ネットが気になる人は神宮司庁へ毎朝の撤去時刻を確認するといいだろう。
ちなみにキャッスルイン伊勢のはす向かいにある、酒徳の鯖棒寿司は肉厚で素朴。宅送してもらい、家できっちり味がのるのを待って一献すれば、伊勢への旅を家でも追体験できる。
■井本メモ26
大阪屋
ソイとスズキの刺身、トコブシ煮付け(磯の味が濃縮されていて、なんと滋味深い)、黒鮑の素焼、岩ガキと長芋煮、宝彩海老塩焼。
■井本メモ27
キャッスルイン伊勢
http://www.castleinn.co.jp/ise/
清潔なビジネスホテル。最上階の空中露天風呂がいい。
■伊勢に行ったら志摩も回るべし
日本はせまいようで深い。国を挙げて繁忙期に入っていても、そこだけは渋滞も激しくなく、のんびり旅を楽しめる場所が点在する。おそらく志摩もそんな場所のひとつだ。リゾート(タラサ志摩)からファミリータイプの温泉(宝生苑)、簡素だがふぐや宝彩海老など料理が大充実した旅館(丸寅)まで、志摩には多様な宿がある。また、古来伊勢神宮の台所として御饌を奉納してきたほど食べものは豊かで、人はおだやか、人口密度も低い。
鳥羽から伊勢に直行する人が圧倒的に多いが、志摩半島のどこかに宿をとり、1泊してゆったり志摩をめぐるのもお薦めである。
今回は「昭和が目にしみる第6回 永遠の海景」で報告した志摩の海女さん、中村とみさんの墓参のため、志摩半島を先志摩まで走る。
■旅はさまざまな時間をからだに刻んでくれる
昭和50年代なかば、「青春18のびのびきっぷ」がまだ発売されていなかったか、発売直後の頃か、23時30分東京駅発の大垣夜行に乗り、一晩かかって名古屋駅まで向かった。腹が減ったので名古屋で降り、次の電車までの間に洗顔し、きしめんを食べ、ふたたび西へ向かう各駅停車のなかで京都で降りるか大阪まで行くかをぼんやり考える。ここで刻まれた時間の感覚というものは一生の宝物だと思う。東京―大阪間は各駅停車で行けば、たしかに一晩かかるのである。
ひかり号が開通して3時間10分、のぞみで行けば2時間36分、割安の夜行バスなら8時間、飛行機なら65分。同じ場所を移動するのにこれだけたくさんの時間を体験できることは豊かなことだと思う。もし大垣夜行の体験がなければ、このことにも気づかなかった。さらに東京―大阪を65分で移動できてしまう異常さにも気づかなかった。
伊勢湾フェリーを体験できたことも一生の宝物である。静岡からひたすら海岸線を走り、海、崖、海、砂丘、砂丘、海、橋、海……いやというほど海景色を眺めながら、伊良湖で行き止まり、そこから見える対岸には車とともに渡ることができ、洋上では海風に吹かれながら、どれだけ昔かわからない人の目になって海から伊勢に参詣する。まったく海一色のぜいたくな道を体験させてくれた宝物の道である。
「伊良湖―鳥羽線」は9月いっぱいで46年の幕を閉じる。これからは、東京から伊勢へ車で行くには、ものすごい大回りをしてガソリンをたくさん使い、つまらない高速道路を高いお金を払って、三重県に入らなければならない。だからたぶん車で行くことは二度とないだろう。むかし良かったと思うことを、良かった、と語り続けることをノスタルジーというのであればこれはほんのノスタルジーにすぎない。けれどもわたくしにとって、この体験はまぎれもなく歴史であり、9月30日はライフヒストリーのなかでこの国がひとつ貧しくなった記念日でもある。まだ間に合う、興味のある方はいざ海路を伊勢へ。

観光海女小屋に併設された資料館
海女小屋は三重県志摩市志摩町越賀2279
電話0599-85-1212。向かいは静かな海水浴場になっている。
http://www.azuri.jp/
こんな海岸である。
この装置が夫婦海女の仕掛け
重りを抱いて潜った妻の海女を、夫が滑車を使って引き揚げる。
志摩半島突端の御座の港
志摩・鈴ミュージアム
時間がどうしようもなく余ったら立ち寄ってもいいかもしれないウルトラマニアックな博物館ではある。
http://www.ohyamagroup.co.jp/shima-suzu.html
登茂山(ともやま)展望台から見る伊勢湾

大王崎の有名干物店「魚武商店」
この日はたまたま「さめたれ」(サメ肉を味醂をつけて天日干ししたもの)があった。この店のさめたれは、初めて残さず食せた。天然フグも時折入るらしい。
http://domestic.travel.yahoo.co.jp/bin/tifdetail?no=jtba3402000&la=2403&genre=1&ref=a6k24l
真珠貝と真珠
鳥羽駅構内の真珠屋さんで片面真珠のピンバッジを購入(正円より廉価)。このように御木本幸吉もはじめは珠を殻側から成長させていったという。殻側から成長するので正円にならない。そこで肉側に埋め込んで正円の珠をつくらせることを思いついた。
近鉄の伊勢志摩特急と鳥羽で売っている牡蠣のオリーブオイル漬
フェリーがなくなると、志摩へは近鉄が唯一の道となる。宇治山田か鳥羽でレンタカーを借りて伊勢志摩をまわることになる。
■サライ編集部 副編集長 井本一郎
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コメント
伊勢湾フェリー、どうやら行政の支援で残るようです
投稿: ケンP太郎 | 2010年8月16日 18時34分