昭和が目にしみる 第12回 記憶の島々へ ~ 瀬戸内国際芸術祭2010へ急げ!
■採石と精錬所の犬島
わたしたちと同じ時代の空気を吸っているアーティストたちの作品が、暗がりの美術館から飛び出して、青空のもと、大海原の前でのびのびと展示されている瀬戸内国際芸術祭。その会期終了まであと3週間となった。作品が展示されているのは直島、豊島(てしま)、犬島、小豆島、男木島(おぎじま)、女木島(めぎじま)、大島。いずれも淡路島と、岡山県と、香川県にかこまれた瀬戸内に浮かぶ島々だ。
ぜひ行ってほしい。瀬戸内の歴史をあらわにし、それを最前線の美術作品が昇華させる試みだから。
まずはじめに、岡山の宝伝という港から犬島に渡った。もともと犬島は花崗岩(犬島御影石)を「輸出」する島で、島内の1万年前の遺跡からは楽器にも使われるサヌカイト(讃岐岩)が発掘されている。この島で削られた岩は大坂城をはじめ、後楽園、吉備津彦神社から、鎌倉の鶴岡八幡宮、千里万博公園、イサムノグチ庭園美術館など、さまざまな場所に送られている。
左/岡山からバスで50分の宝伝港から犬島に渡る小型船。右/航走およそ20分で犬島に着く。行く手に旧犬島製錬所の煙突が見える。
小さな島である。芸術祭がなければ一生来ることのなかった島である。そう思うと、道で行き交い、挨拶をかわしてくれる農家の人との出会いも、とても貴重でいとおしいものになる。
左/犬島は花崗岩採石の島である。海岸には巨石が転がっている。右/集落は石垣で鎧われている。道の数が少ないので、島の人と頻繁に挨拶をかわした。
そんな犬島に明治42年に銅の製錬所が建設される。犬島のみならず、明治末から大正初期の瀬戸内海は、「製錬所の建設ラッシュ」だった(『犬島ものがたり』)という。海運が整備されていたことと、市街地での操業によって生じる煙などの害に配慮したためであろう。銅は第一次大戦の需要で大いに儲かったようだが、戦争終了とともに銅価が下落し、衰退していく。今回の芸術祭では、その製錬所をそっくり作品にしてしまった。
柳幸典『犬島アートプロジェクト・製錬所』
妹島和世『犬島 家プロジェクト』
古い町並みの一方をアクリルの壁にしたり、空き地に開放的な疑似神社を造ったりすることで、静かな街が明るく輝く。右写真の構造物の中で手をたたくと構造全体が共鳴する。
左/犬島の瀬戸内芸術祭レセプションセンター。右/豊島へ渡る小型船。
■豊島へ
豊島には直島に次いでたくさんの野外アート作品が展示されていて楽しい。しかしその一方で、この島が60万トンにも及ぶ廃棄物不法投棄問題で揺れた島であることを思い出したい。豊島では、犬島のように明治の近代遺跡ではなく、昭和の終わりに起きた現代の負の清算がいまだ継続されている。ここで中間処理された廃棄物は、専用の運搬車と専用の船を使って直島の処理施設へ送られ、さらに高度な処理が行なわれる。
豊島の産廃処理場。予約をすれば見学が可能。しなくてもゲートで電話をすれば見られる場合もある。
井本メモ 廃棄物対策豊島住民会議
http://www.teshima.ne.jp/
豊島から直島の三菱マテリアルの精錬所が見える。
見学を終えたあと、豊島の家浦港に戻る。あの山の向こうに、今日も処理作業が続く広大な不法投棄現場があるのか。ふりかえると、トビアス・レーベルガー『あなたを愛するものは、あなたを泣かせもする』という建築作品兼レストランがある。この対比が、瀬戸内の芸術祭の本質ではないかと、邪推した。
左/トビアス・レーベルガー『あなたを愛するものは、あなたを泣かせもする』は空き家を改装したレストラン。家浦港のすぐそばだ。右/横尾忠則『Aurora』の庭園。家屋の中は横尾氏の絵画作品を展示。
塩田千春『遠い記憶』
廃校になった小学校に、実際に各家で使われた障子や窓などの桟を組み上げた円筒の入口を付けた。校内にも記憶を過激にかきたてる仕掛けがある。
クレア・ヒーリー&ショーン・コーディーロ『残り物には福がある』
自宅の庭から恐竜が発掘されたという設定。この家の人たちが実際に使っていた昭和の生活道具とともに、〝恐竜〟が展示される。
内藤礼、西沢立衛『豊島美術館』
2010年の10月17日オープンする美術館。
森万里子『トムナフーリ』
作品名は古代ケルトの言葉で、霊魂転生の場。本作品とニュートリノを検知するスーパーカミオカンデをコンピュータで結び、超新星が爆発すると、中央のモニュメントが光る。
豊島中学校の生徒さんがつくったリーフレット。詳細のうえすごくわかりやすい。丁寧な仕事ぶりに同業者として感動。
やや広く坂道が多い豊島をまわるには、フェリー埠頭前の観光協会が運営する、電動レンタサイクルがお薦めである。
■そして直島へ
直島は、すでに地中美術館とベネッセミュージアムが有名である。この2か所を訪れ、あとは時間の許す限り、野外展示を見て歩いた。が、やはり圧巻は地中美術館だった。仕掛けについてはここでは語らないが、この開放感と贅沢さは、経験したことのないものだった。
左/豊島―直島を結ぶフェリー。右/直島の港に鎮座する草間彌生『赤かぼちゃ』。作品の中にも入れる。
左/李禹煥(リウーファン)美術館。右/田圃のかかし。作品ではないが、目にするモノなんでもが、意味があって作品ではないか、と疑い深くなるところが野外芸術祭のおもしろさ。
直島も豊島と同じく坂があるので、レンタバイク(50ccもある)が快適だ。ヘルメットは座席シートにおさまり、ポケットもついているので、ガイドブックなども入れて走れる。
■大島、そして「忘れない」ということ
高松から渡る大島という小島も芸術祭の会場となった。ここでは陶芸などやさしい美術体験ができる。今回は時間がなくて立ち寄らなかったが、帰京して、9月27日深夜に放送された日本テレビ系『NNNドキュメント’10』を見て、大島が国立のハンセン病療養所だったことをはじめて知った。今は全島がハンセン病回復者の療養施設「国立療養所 大島青松園」となっている。
番組は少年期にこの島に移され、以来ずっと島に住み続けているお年寄りの半生を丹念に追ったものだった。忽然と学校から消え、行方がわからなくなった級友を探す昔の友達と、その級友が暮らす対岸の高松の夜のまばゆい灯りを見ながら年を重ねたお年寄りの再会に胸を打たれた。
犬島、豊島、直島、小島、どの島もみんな、陽気な都市、をささえる陰を担わされた島たちだ。そのことについて島の人がどう思っているのかについて、わたしは何も言う資格がない。しかし島のいたるところには、人がいつ何をしたのか、その痕跡が風景として鮮明に残されている。製錬所、廃棄物処理施設、療養所。芸術という非日常を愉快にめぐるはずの旅が、近現代の日常に深くささった棘のような風景を発見することになった。陰と陽がぶつかりあいながら浮かぶ島々から、はじき出されるように飛び出し、帰京した。このざらついた感覚を忘れまいと思う。
以下は参考図書です。どれも力作、ご興味のある方はどうぞおご一読ください。
『瀬戸内国際芸術祭2010』美術出版社 1250円
美術手帖別冊の公式ガイドブック。楽しい。
『犬島物語 犬島の石 嫁ぎ先発見の旅』犬島再発見の会 1000円
岡山県唯一の有人島・犬島は歴史的な花崗岩の採石場。犬島産の石の嫁ぎ先を地元の研究会が丹念に訪ねた手作りの冊子。
『地中ハンドブック』直島福武美術館財団 1000円
直島の地中美術館は息を呑むほど美しい美術館である。どの部屋にも驚きとくつろぎがあり、すいていれば半日はゆったり過ごしたい。圧巻のモネ、驚嘆のジェームス・タレル、ほほえみのデ・マリア、みんな美しい。安藤忠雄の開放的な建築に身を沈めてゆく心地よさもたまらない。
『宇高連絡船78年の歩み』萩原幹生編著 成山堂書店 6800円
本四を結ぶ宇高連絡船が開通したのは明治43年(1910年)。もし鉄道フェリーが廃航になっていなければ、今年で100周年を迎えるところだった。その全貌が記録された貴重な1冊。一見資料に見えるが、連絡船の歴史の部分や、事故やホーバークラフト事業などについても、まったく知らないことだらけで一気に読めた。
■サライ編集部 副編集長 井本一郎
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