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犬がカメだった頃~話芸のことば探訪~

 筆者はかつて新橋の会社に勤めており、毎朝烏森通りを歩いて通勤していたが、駅の近くに牛めしや朝定食を出すカウンターのみの店があった。その名を「かめちゃぼ」といった。おかしな店名だとは思ったが、由来を詮索(せんさく)する暇もなく、また入って飯を食ってみる機会もないまま何年か経って、筆者は勤めを辞め、「かめちゃぼ」もその後なくなってしまった。今はディスカウントショップがそこに建っている。さて、「かめちゃぼ」とは一体どういう意味だろう。

 昔の落語の速記を読んでいると、時々「洋犬」と書いて「かめ」とルビを振って読ませているケースに出くわす。

娘が愛します洋犬(かめ)が一匹おります(「金玉医者」明治二十九年の雑誌「百花園」所収)

という具合だが、幕末から明治の初め頃、東京や横浜では、犬のことを俗に「かめ」といっていた。これは、英米の人が飼い犬に向かって、“Come here”と呼びかけていたので、外国では犬そのものを「かめ」と呼ぶのだろうと解釈して、それが(西洋種の)犬の通り名になった(流行語の一種といっていい)といわれる。
 一方、食事のことを「ちゃぶちゃぶ」あるいは縮めて「ちゃぶ」という。漢字では「卓袱」と表し、食事に用いる四脚の台を「ちゃぶ台」というのだが、「食堂をちゃぶやといった」と、正岡容の「明治東京風俗語事典」にもあるから、「かめちゃぼ」の「ちゃぼ」は、この「ちゃぶ」に由来し、全体では、「かめ(犬)ちゃぼ(飯)」を供する店、という意味になる。「猫まんま」という言葉ならば、よりポピュラーだろう。単に味噌汁をぶっかけただけ(おかずなし)の飯のような、ごくごく簡単なメニューのことだ。こういう飯を「犬飯」ともいう地方があるようだから、「かめちゃぼ」とは、まぁ大ざっぱに「ファストフード」を意味する店名と考えていいだろう。こういう現代人にとってのちょっとした「謎」のある店名が、昭和末期の東京にはまだいくらもあったのだ。

■ライター/松井高志
フリーライター、1960年愛知県生まれ。著書は「人生に効く!話芸のきまり文句」(平凡社新書)、「ナンドク 難読漢字自習帳」(バジリコ)など。

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