武士という人々について~話芸のことば探訪~
もうかれこれ22年前になるが、筆者はある雨の降る寒い夜、酔って夜道を歩いていて、行きずりの見知らぬ男にビニール傘で襲われて大怪我をした。傘を持った男でさえそのようにおっかないのであるから、刀を持っている奴なんかがもし現代の歩道を横行していたら、恐ろしくて表を歩くことができない。
というわけで、筆者は自分が武士・士族の子孫でないからでもあるが、侍がとても怖い。落語の登場人物のセリフを借りるならば、
侍と茄子の煮たのは虫が好かない
クチである。いや、茄子はそうでもないか。
落語「花見の仇討」の元ネタである瀧亭鯉丈(りゅうてい・りじょう)の滑稽本「花暦八笑人」(はなごよみ・はっしょうじん)には、「慮外者を手討にいたすは、武士の常、別に六ヶしい事はござらぬ」と発言する武士が登場する。これは滑稽本の登場人物だから言動が実際の侍より相当誇張してあるのであり、いちいち真に受けるのもどうかと思うけれど、こういうのをちらっと読むと余計怖くなる。
世間では日本人の男の異名がなぜか「サムライ」になっており、日本の政財界のリーダーには「武士道」の心得がなくてはいかん、という声も耳にすることがあるが、今はもう封建時代ではないし、そういうてっぺんからのないものねだりには違和感を覚えないでもない。
侍の立場になってみれば、刀を腰にさして歩くくらいであるから、自らに高いモラルを求めるのは当然だということなのだろう。そのご苦労というか平常のプレッシャーは想像を絶する。
武士は四民の源上(みなかみ)、三民の上席を穢す
などと落語「妾馬」なんかではよくいい、これはよりポピュラーな表現に置き換えれば、
侍は人の鑑
やら
花は桜木、人は武士
で、これらは「井戸の茶碗」(いどのちゃわん)なぞによく出てくるが、後者の後半は、
人は武士 なぜ傾城に嫌がられ
などともじられ、川柳のネタにされている。侍はプライドばかりが高く、遊びに行っても洒落た口ひとつ利けず、遊女に陰で嫌われてしまう。ご当人にすればただご主君に忠誠を尽くしているだけなのに、合わない話である。
落語でもよく悪役にされ、町人に嘲弄(ちょうろう)されたり罵倒されたりしている。まことにお気の毒だとは思うが、あり得ないこととはいえ、実際にお武家様が目の前に出現したらば、筆者はやっぱり怖いからとりあえずすっと物陰に隠れるであろう。さわらぬ神になんとやら、であるから。
■ライター/松井高志
フリーライター、1960年愛知県生まれ。著書は「人生に効く!話芸のきまり文句」(平凡社新書)、「ナンドク 難読漢字自習帳」(バジリコ)など。
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