孝行な少年の逸話~話芸のことば探訪~
前回ご紹介した、江戸美談集というべき随筆集『窓のすさみ』に、次のような逸話がある。
ある殿様がお客を招いて宴を催した。そこへ召し使っている少年が菓子を持って出たが、その袖からぽろりと柿がひとつ落ちた。少年は来客用の柿が欲しくなってつい盗み、袖に隠したのだが、それが来客の居並ぶ座敷で露見してしまったのだ。少年は真っ赤になって、その場で進退きわまった。殿様はすかさず、この少年を叱った。
「まったく不作法な奴だ。予の与えた物は、その場ですぐに食べよ。さっさと持っていけ!」
そして客に向かい、「皆様、この者は母親に持って帰ってやろうと、私が与えた柿を隠し持っていたわけです。それにしてもご無礼致しました」と、その場をしのぐために嘘を言って少年をかばった。宴席の客たちは、「うん、これは『陸積(リクセキ)の橘』ですね」と感心し、その場は無事に納まった。
後で殿様はこの少年に、「とっさにああは言ったが、お前の面目が立たぬのを見過ごせなかったし、予の恥にもなるからからああ言いこしらえのだ、以後このような行ないは慎めよ」と諭した。後年、この殿様が亡くなった時、この少年は殉死したという。
さて、ここに出てくる『陸積の橘』というのは何かというと、落語でもおなじみ、もろこしの『二十四孝』(にじゅうしこう)にある逸話で、陸績(呉の孫権に仕え、『三国志』にも出る人物)が六歳のとき、袁術(えんじゅつ)という人のところへ行った時の話である。
袁術は陸績に菓子として橘の実(日本でいうと蜜柑)を皿に盛って出した。陸績は橘を袂に入れ、その場を去ろうとした。ところがお辞儀をした拍子に、実がころころと床に落ちてしまった。袁術はこれを見て、「ほしいならいくらでもあげるのに、袂に入れるというのは、卑しい行ないではないか」とたしなめた。陸績は「あまりに美味しそうな橘なので、家に持ち帰り、母に与えようと思ったのです」と答えた。袁術はこの言葉を聞いて、幼い陸積の孝心に感動した、というのである。
この逸話は、アレンジされて孝行な少年の出てくる講談によく使われる。『野狐三次』(のぎつね・さんじ)の木っ端売りのくだりで、棟梁から羊羹をもらう三次、『祐天吉松』(ゆうてん・きちまつ)の「飛鳥山の出合い」で、わけあって父と名乗れぬ吉松から、ゆで卵をごちそうされる生き別れの子・七松、いずれも美味しいものを母のため袂に入れて持ち帰ろうとし、叱られている。他にも用例があるかも知れない。
■ライター/松井高志
フリーライター、1960年愛知県生まれ。著書は「人生に効く!話芸のきまり文句」(平凡社新書)、「ナンドク 難読漢字自習帳」(バジリコ)など。
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